森 翔吾です。
もし今あなたが、
「場所や時間に
とらわれない働き方」
を目指しているなら。
あるいはすでに、
リモートワーク中心の生活を
手に入れているのなら。
今日の話は少し
耳が痛いかもしれません。
でも、
これだけは
伝えておかなければならない。
そう思いながら
この記事を書いています。
僕は十数年前に起業してから、
これまで、物販やブログ、
コンサルティング、YouTubeなど、
ありとあらゆることに
チャレンジしてきました。
その中でただ一つ、
常に意識してきたこと。
それが、
「どこでも仕事ができる環境を作る」
ということでした。
その結果、
ビジネスを始めてから3〜4年後には
運良く100%リモートワークの体制が整い、
その後、
妻との出会いや
子供が生まれたことを機に、
完全にロシアへ
移住することになりました。
今では、
完全に場所の制限から解放され、
ロシアの凍てつく冬の中にいようが
南国のビーチにいようが
なんとか収益を生み出せる。
そんな生活を
送らせてもらっています。
個人の幸福度という意味では、
これ以上の環境はないと
日々感じています。
通勤ラッシュもなければ、
嫌いな上司に頭を下げる必要もない。
すべての時間は自分のものです。
ただ、
僕のような個人プレイヤーと違って、
「組織」や「チーム」となると
話はまったく別です。
結論から言います。
もしあなたが、
「すべてをオンライン
だけで完結させよう」
と考えているなら、
そのプロジェクトはいずれ
上手く行かなくなって
しまうかもしれません。
なぜ、
もともと効率や合理性を
何よりも優先してきた僕が、
これほどまでに
「アナログな対面」を
重要視するようになったのか。
今日は、
僕自身が直面したその
「意外な落とし穴」
について話をさせてください。
なぜ、リモートワークは「疑念」を生むのか?
コロナ禍以降の
ここ数年で、
リモートワークは
一気に市民権を得ました。
Zoomやチャットツールを使えば、
業務上のコミュニケーションは
何の問題もなく成立します。
タスクを管理し、
成果物を提出し、
フィードバックをもらう。
機能的には、
これ以上ないほど完璧です。
でも、
人間というのは
そんなにシンプルな
生き物じゃありません。
画面の向こう側にいる相手の姿が
見えなくなった瞬間から、
僕たちの脳内には
ある「ノイズ」が
混じり始めます。
「見えない恐怖」
です。
例えば、
あなたが仕事を依頼している
スタッフからの返信が
少し遅れたとき。
オフィスで隣に座っていれば、
「ああ、今忙しそうだな」
と背中を見て
察することができます。
でも、
リモートでは
そうはいきません。
「本当に仕事をしているのか?」
「家でYouTubeでも
見ているんじゃないか?」
もっと深刻な
疑念も生まれます。
「もっと条件の良い仕事を
裏で探しているんじゃないか?」
「他の会社と給料を
比較しているんじゃないか?」
どんなに信頼している相手でも、
「空白の時間」
が長くなればなるほど、
黒い霧のような疑念が
心の中に広がっていく。
これは僕らの性格が
悪いからでしょうか?
・・・
いいえ、違います。
答えは、
脳の「仕様」です。
人は、相手の表情や
声色や空気感など、
言葉以外の情報から
「安心」を作っています。
でもリモートではそれが欠ける。
情報が足りない分、
脳は勝手に空白を埋めようとして
不安や疑いが
生まれやすくなるんです。
だから、
どんなに言葉を尽くしても
チャットだけでは
腹の底からの信頼は生まれにくい。
実際、
コロナ禍で
「完全リモート」を導入した
世界中のテック企業の多くが、
今、強引に
「オフィス回帰」
を進めています。
理由は明確です。
画面越しだけでは
組織の信頼や一体感が
想像以上に育ちにくいから。
パソコンの前だけで仕入れる時代に、僕だけが「会いに行った」話
これ別に、
「対面が正義」
みたいな綺麗事を
言いたいわけじゃありません。
僕は昔、
輸入・貿易の事業を
やっていた頃があって。
その世界ってみんな基本は、
パソコンの前だけで
完結するんですよね。
商品をネットで探して、
メールでやり取りして、
たまに電話する人もいる。
それで仕入れが回る。
だからこそ、
「会う」って発想自体が
あまりなかった。
でも僕は、
なぜかそれが
どうしても気持ち悪くて。
「この人たちって
本当に実在するのか?」
「現場の空気って
どうなってるんだ?」
そういうのを
自分の目で見たくなったので
予算を組んで、
アメリカに出張に行って
セラーに会いに行ったんです。
商談って言っても
向こうからしたら
「お客さん」なので、
一緒に酒飲んで
飯食って、
時には
観光に連れてってもらって。
正直、
めちゃくちゃ泥臭いし
効率だけで言えば最悪です。
でもね、
そこで面白いことが起きる。
向こうがポロっと言うんですよ。
「遠くからわざわざ来てくれたからさ
ちょっと安くするよ」
って。
もちろん、
毎回必ず値下げされる
なんて話じゃありません。
でも、
それ以上に大きかったのは
そこから
継続的な仕入れに繋がったり、
「いいのが入ったら先に連絡するよ」
みたいな関係が生まれたこと。
結局、
ビジネスって
最後は人間なんですよね。
たとえ商品が安くならなくても
僕はあの出張だけで、
経験値が爆上がりした
感覚がありました。
だから今でも、
「会う」っていう行為には
お金以上のリターンがあると
本気で思っています。
ビジネスの失敗は「遠距離恋愛」と同じメカニズム
僕はこの現象を、
ある一つの法則で
説明できると思っています。
それは、
「ビジネスの失敗は
遠距離恋愛の失敗と同じ」
という法則です。
唐突に恋愛の話?
と思うかもしれませんが
本質はまったく同じです。
遠距離恋愛が
うまくいかなくなる
最大の理由を知っていますか?
「会えない寂しさ」
ではありません。
「信頼残高の枯渇」
です。
直接会って
肌の温もりを感じたり、
同じご飯を食べて
美味しいと言い合ったり。
そういう、
「共有体験」
がない期間が続くと、
相手への信頼残高は
すごいスピードで減っていきます。
なぜ、減るのか?
これには明確な
心理学的な理由があります。
「根本的な帰属の誤り」
と呼ばれる脳のバグです。
簡単に言うと、
「人間は他人の行動を見る時、その背景にある『状況』を無視して、その人の『性格』のせいにする」
という、
強力なバイアス(偏見)のこと。
具体的にどういうことか。
人間は、
相手の「状況」が見えない時、
ネガティブな出来事の原因を
相手の「性格」や「意志」のせいに
してしまう性質があります。
例えば、
LINEの返信が来ない時。
一緒に住んでいれば、
「ああ、今シャワーを浴びてるな」
と状況で理解できます。
でも、離れていると、
脳は勝手に、
「私を無視している(意志)」
「だらしない人だ(性格)」
と、悪い方へ悪い方へと
理由を書き換えてしまう。
脳は「空白」を嫌います。
情報がない場所を
勝手に「不安」で
埋めようとするのです。
そんな危険な状態で、
例えば相手のSNSを
見てしまったとしましょう。
楽しそうな飲み会の写真。
隣に写っている
会社の同僚らしき異性。
普段なら
気にも留めない一枚の写真が、
信頼残高が減り、
脳がバグを起こしている状態だと
猛毒に変わります。
「本当は誰といるんだろう?」
「僕のことなんて
もうどうでもいいんじゃないか?」
過度な嫉妬。
不安。
そして、疑い。
一度このループに入ると、
LINEや電話(リモート)だけで
修復するのはほぼ不可能です。
言葉を尽くせば尽くすほど
画面越しの言葉は軽く
嘘くさく響いてしまう。
ビジネスも同じです。
クライアントや
パートナーとの間に
「会っていない期間」
という空白ができれば、
そこには必ず
ネガティブな妄想が
入り込む余地が生まれるのです。
日本⇄ドバイ遠距離恋愛を成就させた「50万円の誠意」
偉そうなことを言っていますが、
これはすべて
僕の実体験から来る
「痛み」の記憶です。
ご存知の方も
いるかもしれませんが、
僕は妻と約2年間の
遠距離恋愛をしていました。
場所は、
日本とドバイ。
時差もあり
物理的な距離も
半端ではありません。
普通に考えれば、
自然消滅しても
おかしくない環境です。
実際、
綺麗事ばかりじゃ
ありませんでした。
それなりに喧嘩もして
険悪な時期もありました。
今でも鮮明に覚えているのは、
真夏のドバイでの
ある出来事です。
気温45度が当たり前。
日本以上の湿気がまとわりつく
灼熱の時期に、
僕たちは車で
隣国のオマーンへ向かいました。
その道中、
なんと車のエアコンが
突然、故障したんです。
本当に、地獄でした。
窓を全開にして走っても
まったく涼しくない。
ドライヤーのような
ムンムンとした熱風が
車内に入ってくるだけ。
そんな極限状況で
お互いに暑さと疲れがピークに達し、
「なんでこんな時に」
「もっと準備できたはずだ」
細かいことでイライラし
「最悪の喧嘩ムード」
になったこともあります。
こういう、
些細なすれ違いの積み重ねで
終わってしまう関係のほうが
圧倒的に多い。
実際、
ドバイでの出会いの多くは、
結婚までは至らず、
ただの「一時期の付き合い」で
終わってしまうことがほとんどです。
さらに言えば、
遠距離でなくても
国際カップルというだけで
そのハードルは高い。
最近でも、
僕がYouTubeをスタートした
約5年前、
同時期に活動を始めた
日本人と外国人の
カップルYouTuberたちが、
次々と別れて
チャンネルを閉じていくのを
嫌というほど見てきました。
彼らは遠距離ではなく
一緒に住んでいてもそうです。
言葉や文化の壁があるだけで
関係を維持するのは
簡単じゃない。
そこに、
「物理的な距離」
まで加わるわけですから、
普通にやっていたら
到底、続きません。
そんな厳しい現実の中で、
僕たちは、
なんとか結婚まで
辿り着くことができました。
その最大の要因は
間違いなくこれです。
「コストを度外視して
会いに行ったこと」
僕は当時、
年に3回、毎回1ヶ月ほど
ドバイに滞在していました。
これ、
口で言うのは簡単ですが、
実際にかかるコストは
決して安くありません。
往復の航空券。
現地のホテル代
日々の食費やデート代。
さらに言えば、
日本にいない間も
東京の家の家賃や
駐車場の維持費はかかり続けます。
ざっと計算しても、
一度の渡航で
50万円〜60万円のお金が
口座から消えていく。
年に3回ならそれだけで
150万円以上の出費です。
合理的に考えれば、
「無駄遣い」
かもしれません。
Zoomで話せば
タダなんですから。
でも、
この「50万円」という痛みこそが
最強のメッセージになったんです。
妻からすれば、
「わざわざ高いお金と時間を使って
遠い国から私に会いに来てくれた」
という事実そのものが、
どんな甘い言葉よりも確かな
「誠意」として伝わった。
会うたびに、
減りかけていた信頼残高が
満タンまでチャージされる
感覚がありました。
「この人は
私を大切にしてくれている」
その確信があったからこそ
僕たちは2年という空白を乗り越え、
家族になることが
できたんだと思います。
ただ、
これだけのコストを
かけられたのは、
本当に「運」が
良かったからでもあります。
実は僕自身
妻と出会う少し前に、
ある米国人の
ビジネスパートナーに騙されて、
大きな損失を出し
借金だけが残るという
どん底を経験していました。
「もう終わりだ」
そう思っていた時に
ある一人の恩人、
僕が勝手に
「神セラー」
と呼んでいる人物に出会いました。
彼のおかげで
ビジネスは奇跡的な
V字回復を遂げることができた。
本当に、助かりました。
そのタイミングで
資金的な余裕ができたからこそ
こうしてドバイへ通うことができた。
もし、
この出会いがなければ
間違いなく僕ら家族は
ここにいなかったはず。
人生とは本当に、
紙一重のタイミングで
できているものだと痛感します。
4年越しの乾杯で知った「リアルの情報量」
この法則は、
ビジネスの現場でも
まったく同じように機能します。
コロナ禍の影響で、
僕は4年間
日本に帰れない時期がありました。
その間、
あるクライアントさんとは
ずっとオンラインだけで
やり取りをしていました。
毎月のコンサルティングは順調。
その方も着実に
数字を伸ばしていましたし、
Zoomでの講義や指導に
何ら不足はありませんでした。
機能としては
「完璧」に回っていたんです。
でも、
4年ぶりに帰国し
初めてその方と直接会って、
居酒屋で
酒を酌み交わした瞬間。
オンラインでは見えなかった
「もう一つの真実」に
触れることになりました。
乾杯して
30分ほど経った頃でしょうか。
少し酔いが回った彼が
ふと、こう漏らしたんです。
「森さん、実はあの時……
本当にビジネスを辞めようか
迷っていた時期があったんです」
「でも、画面越しの森さんの言葉に
救われて、なんとか踏みとどまれました。
……これ、直接会ったら
言おうと決めてたんです(笑)」
僕は、ハッとしました。
Zoomの画面では
彼はいつも前向きで、
淡々とタスクをこなしているように
見えていたからです。
でも、
その成果の裏側には、
モニター越しでは
伝えきれないほどの「葛藤」や、
それを乗り越えた「強さ」があった。
その夜、
店内の騒音の中で聞いた
彼の生の声や
グラスを持つ手の力の入り方。
その、
「泥臭い人間味」に触れた時、
それまでの
コンサルとクライアント
という関係が、
「戦友」としての絆に
変わる音がしました。
「ああ、この4年間があったからこそ
今のこの一杯が美味いんだ」
オンラインで積み上げた
論理と数字。
リアルで確かめ合った
感情と体温。
この2つが合わさった時、
僕たちの関係は
盤石なものになりました。
その夜だけで、
仕事の深い話は何倍も進み、
お互いの腹の底が見える
「共犯関係」
のような信頼が生まれました。
インターネットの力をフル活用し
飯を食い効率を愛する僕ですが、
この時ばかりは
認めざるを得ませんでした。
「効率(オンライン)で土台を作り
泥臭さ(リアル)で魂を込める」
これが、
最強のチームを作る
唯一の方法なのだと。
それでもリモートが「最強」になる瞬間
誤解しないで
ほしいのですが、
僕はリモートワークを
否定しているわけではありません。
むしろ、
「ここぞ」という場面では
リモートならではの演出が
最強の武器になることもあります。
僕のコンサルティングでは、
よく「背景」を
意図的に使います。
それは、
「今、僕がいる場所」
の空気をそのまま共有するんです。
ドバイの摩天楼。
タイの雑多な屋台街。
ベトナムのエネルギッシュな道路。
あるいは、
ロシアのモスクワの街から
繋ぐこともあります。
家の中からではなく
あえて「移動先」から繋ぐ。
そうすることで、
画面の向こうのクライアントさんに
強烈な「刺激」を与えることができます。
「ああ、森さんは今
本当に世界を股にかけているんだな」
「こんなに身軽に
働きながら旅をしていいんだ」
理屈ではなく、
映像としてその姿を見せることで、
相手の中にある
「仕事=定住しなければならない」
という固定概念(ブロック)を、
パコーンと
外すことができるんです。
「自分も、行けるのかもしれない」
そう思ってもらうための
最高のデモンストレーション。
これが、
僕が考えるリモートワークの
正しい「演出」です。
「雲の上の人」を「隣の人間」に変える魔法
ただ、
「憧れ」を「現実」に変えるための
最後のワンピース。
それはやっぱり、
「リアルで会うこと」
にしか埋められません。
これは僕自身の
原体験でもあります。
まだ僕が日本に住んでいて
今の生活を目指してもがいていた頃。
僕は、
海外を自由に飛び回っている
いわゆる「成功者」たちの
勉強会やセミナーに、
高い参加費を払って
何度も足を運びました。
ノウハウを学ぶため?
いいえ、違います。
「その人が実在するのか
この目で確かめたかったから」
です。
ネットや画面越しに見る彼らは
資産もあって、高級車に乗って
世界中を旅している。
まるで自分とは違う
エンジンの積んだ、
「スーパーマン」
のように見えていました。
でも、
実際に会って、話して
一緒に飯を食って酒を飲んで。
そこで僕が感じたのは
拍子抜けするような事実でした。
「あれ……結局、同じ人間じゃん」
もちろん、
仕事をしている時の集中力は
凄まじいものがありました。
でも、
ふとした瞬間に悩みを漏らしたり
人間関係で苦労していたり。
僕らと同じように、
飯を食えば眠くなるし、
嫌なことがあれば落ち込む。
「なんだ、スーパーマンじゃないんだ」
そう気づいた瞬間
僕の中で何かが弾けました。
「同じ人間がやっていることなら
自分にできないわけがない」
もしあの時、
画面越しに彼らを見ているだけだったら
僕は一生「憧れる側」で
終わっていたと思います。
リアルで会い、
相手の「人間臭さ」
に触れたからこそ、
「自分もあっち側になれる」
という確信を持つことができた。
だから僕は今、
リモートで
「世界の広さ(可能性)」
を見せ、
リアルで
「人間臭さ(現実)」を見せる。
この両輪を回すことで、
クライアントさんと向き合っています。
要は、
「使い分け」なんですよね。
日常の業務やブランディングは
効率的かつ演出効果の高い
リモートで行う。
でも、
人生を変えるような
深い信頼や確信を伝えたい時は、
泥臭くコストをかけて
「会いに行く」。
このハイブリッドな戦略こそが、
これからの時代を
生き抜く最適解だと
僕は確信しています。
人間不信の僕を救った、カフェ店員の笑顔
僕がなぜこれほどまでに
「泥臭いリアル」
にこだわるのか。
その原点となる話を
させてください。
結局、信頼って「情報」じゃなくて、
最後は「体温」で決まることがある。
僕はそれを、身をもって知りました。
先ほど、
「神セラー」
のおかげでビジネスは
V字回復したと話しましたが、
実は、
口座の数字が戻っても
騙されて壊れた「人の心」までは
すぐには治りませんでした。
ひどい人間不信です。
「もう、誰とも関わりたくない」
そう思って、
約2年間
世界を放浪しながら、
ひたすらホテルの部屋に
引きこもっていた時期があります。
誰とも会わない日々が
続きました。
生活には困りません。
でも、
心は砂漠のように
乾ききっていました。
そんな僕を救ってくれたのは、
何か高尚な教えでも、
成功哲学でもありません。
ある国でふと入った
カフェの店員さんの
何気ない一言でした。
「どこから来たの?」
「日本人なんだね、ようこそ」
ただの雑談です。
ビジネス的なメリットなんて
何もない。
でも、
自分の主張を
押し通すのが当たり前の
海外の厳しい環境の中で、
その店員さんが見せてくれた
「損得勘定のない笑顔」と
「優しさ」が、
恐怖で凍りついていた僕の心を
じんわりと溶かしてくれました。
その時、
涙が出るほど痛感したんです。
「やっぱり人は
一人では生きていけない」
人はリアルな
触れ合いなしでは、
本当の意味での幸福度を
感じられないように
できているんです。
売上が
積み上がることよりも、
目の前の人が
笑ってくれること。
その「体温」に触れたとき、
徐々にですが、
僕は長い長い
「引きこもり」から
抜け出していったのです。
最後の差別化要因は「泥臭さ」になる
これから先、
テクノロジーは
さらに残酷なほど進化します。
ドローンが荷物を運び、
AIが仕事をこなし、
家から一歩も出ずに
一生を終えることすら
可能な時代が、すぐそこまで来ています。
便利です。
合理的です。
でも、だからこそ。
断言させてください。
「直接会いに行く」
「面倒くさい人間関係を築く」
この価値が、
相対的に
爆上がりしていきます。
みんなが効率を求めて
モニターの中に引きこもる中で、
わざわざ飛行機に乗って
汗をかいて
あなたの目の前に現れる人。
そんな「泥臭い人間」を、
誰も無視することはできません。
ビジネスも、恋愛も、
そして人生そのものも。
成功の鍵はいつだって
画面の外にある
「アナログな泥臭さ」
の中に落ちています。
そして最後に。
ここまで
5,000文字を超える長い文章を
読んでくれたあなたへ。
本当に、
ありがとうございます。
今の時代、
SNSで流れてくる
数秒の動画や短いテキストですら、
最後まで見られない人がほとんどです。
そんな中で、
これだけの長文と向き合い、
僕の思考に付き合ってくれた
あなたは、
間違いなく
「1%側の人間」です。
表面的なノウハウや
楽して稼げるテクニックではなく、
もっと奥底にある
「本質」を求めている人だと
確信しています。
僕は、
大勢の人に
好かれようとは思っていません。
でも、
こうして最後まで読んでくれた
「あなた」のような人とは、
いつか画面越しではなく
世界のどこかで、
直接グラスを交わしたいと
本気で思っています。
効率なんて忘れて、
泥臭い話を朝までしましょう。
その日が来るのを、
心から楽しみにしています。
それでは、また。


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