森翔吾です。
昨日の夜、
タイ・プーケットのパトンビーチを
一人で歩いていました。
深夜0時を過ぎても
人だかりが消えない。
アジア特有の、
あのムッとするような熱気。
クラブミュージックの重低音が
ビーチ沿いで
ドンドンと鳴り響いていて、
即席のバーでは、
世界中から集まった人たちが
楽しそうにお酒を飲んでいる。
そんなビーチの波打ち際を
裸足で歩いてみました。
足の裏に感じる砂は
サラサラで、
石や貝殻がほとんど落ちていない。
整備された、きれいな砂浜。
「意外といいビーチだな」
そう思いながら、
喧騒と波音の間を、
深夜1時くらいまで
歩き続けていました。
12時間後、藻がびっしり
そして今朝、
「泳ぎに行こう」
と家族を連れて
昼間のビーチに行ってみたんです。
目を疑いました。
入り口から5〜6メートル、
海面を覆い尽くすように
黒色の藻がびっしり。
昨夜の幻想的な風景は
どこにもありませんでした。
臭いとかでは
全くなかったんですが、
お世辞もきれいなビーチ
とは言えない。
僕は昨夜、
暗闇の中できれいな砂浜だと
思い込んでいた。
でも12時間後に、
太陽の下で現実を見たら、
「これは子供が泳ぐのは無理だね」
と即決するレベルの量だった。
実際、
ビーチには子どもが
ほとんどいなくて、
みんなホテルのプールに
溢れていた。
大人すらあまり海に
入っていなかった。
それを見たら、
「やっぱりそうだよね」
と妙に納得してしまいました。
子どもに「両方」を見せたかった
実は、
パトンビーチに来る前に
「カタビーチ」という場所に
3泊していました。
そっちのビーチは
めちゃくちゃきれいでした。
透明度が全然違う。
潜ってもゴーグル越しに
魚がはっきり見える。
藻なんて全くなかった。
子どもたちも
3日間たっぷり泳げて、
大満足でした。
でも、
街としては正直、
つまらなかったんですよね。
行く場所がない。
お店も少ない。
そして何より、
僕にとって致命的だったのが
「歩けないこと」でした。
歩道があまり整備されていなくて、
散歩しながら思考を働かせるのは
難しかった。
僕は歩きながら
ぶつぶつ独り言を言って、
録音しながら思考を整理するのが
日課なんですが、
後ろから来るバイクや車に
常に気を使わないといけないから、
全然集中できない。
一方、
今のパトンビーチは
街が栄えている。
ある程度はちゃんと歩道があるし、
どこまでも歩ける。
何時間でも
思考に没頭できる。
小さな市場があったり、
Googleマップに載っていない
ローカルな屋台を
発見できたりする。
そういう小さな発見が
面白いんですよね。
異国を旅している刺激がある。
で、なんで両方に行ったかというと、
子どもたちに
「両方」を見せたかったんです。
きれいな海で泳ぐ体験。
賑やかな街を歩く体験。
どっちが正解とかじゃなくて、
両方あるということを
肌で感じてほしかった。
藻だらけのビーチを見て、
「うわ、汚い!」
と子どもが言った。
「でもカタビーチは
きれいだったよね」
と返したら、
「うん、あっちは
めっちゃきれいだった」
この比較ができることが、
大事だと思っています。
片方しか知らない人は、
比べることができない。
「これが普通」と
思い込んでしまう。
埋もれている本当の価値に気づけない。
でも両方を知っていれば、
自分で選べるようになる。
「両方行ってよかったね」
妻とこんな話をしました。
「最初に行ったカタビーチの方が
ビーチはきれいだったね」
「でも街はパトンの方が
全然楽しいよね」
「両方行ってよかったね」
最初に行ったきれいな海で3日間泳げた。
それで満足して、
今度は街を楽しむ。
もしパトンビーチしか
来ていなかったら、
「プーケットの海は
あんまりきれいじゃなかったね」
で終わっていたと思う。
逆にカタビーチしか
行っていなかったら、
「きれいだったけど、
なんか物足りなかったね」
で終わっていた。
片方しか知らないのは、
もったいないんですよね。
両方を知った上で、
「どっちを選ぶか」を
決められる。
これって、
人生も同じだなと思いました。
僕が手放してきたもの
パトンビーチの藻を見ながら、
ふと思いました。
「これ、僕の人生も同じだな」と。
僕自身、
これまでいくつもの
「トレードオフ」を
経験してきました。
サラリーマン時代、
毎月振り込まれる
安定した給料があった。
でも、
成長が止まっていた。
毎日が「カタビーチ」のように
平穏だけど、
死ぬほど退屈だった。
このまま40歳、50歳に
なっていく姿を想像したとき、
「つまらない人間になるな」
と思った。
だから29歳で会社を辞めた。
安定を捨てて、
荒波の中に飛び込んだ。
物販ビジネスを始めて、
軌道に乗った。
でも、
もっと発信したくなった。
だからYouTubeを始めた。
登録者は
19万人くらいになった。
再生数、いいね、コメント、収益。
「評価されている」
という実感があった。
でも、
それが本当にやりたいことかと
聞かれたら、
そうじゃなかった。
もっと深い、人に刺さる文章を
届けたいと思った。
だから今、
YouTubeという
「きれいな海」を捨てて、
文章の世界という
泥臭い場所に挑戦している。
安定を手放して、成長を選んだ
振り返ってみると僕は何度も
「安定」を手放してきました。
サラリーマンの安定した給料を
手放して、起業した。
物販の安定した収入を
手放して、YouTubeを始めた。
YouTubeの評価される快感を
手放して、文章を始めた。
そのたびに、不安だった。
「うまくいかなかったら
どうしよう」
という恐怖があった。
でも、
安定している場所に
いつまでもいたら、
成長が止まる。
それが嫌だったから、
手放した。
パトンビーチで
「賑わい」を選んで
「きれいな海」を
手放したように。
何かを得るためには、
何かを手放さないといけない。
これが人生の
トレードオフなんだと思います。
あなたは何を選びますか?
今、これを読んでいる
あなたに聞きたい。
「あなたは何を手放して、
何を選びますか?」
もしかしたら、
まだ何も手放していない
かもしれない。
安定した場所にいて、
モヤモヤしている
段階かもしれない。
それでもいい。
僕もサラリーマン時代の
26歳から29歳まで、
3年間モヤモヤしていた。
大事なのは、
「両方は手に入らない」
ということを
知っておくことだと思います。
賑わいときれいな海、
両方完璧な場所は存在しない。
安定と成長、
両方完璧な人生も存在しない。
だから、
「自分は何を優先するのか」
を決めるしかない。
そして、
決めたら後悔しない。
両方を知った上で選んだのなら、
それでいいんです。
僕は今、
また新しい挑戦の
真っ最中にいます。
パトンビーチの藻のように、
思い通りにいかないことだらけです。
正直、
きれいな景色ばかりじゃありません。
でも、
自分で選んだから、
「生きてる」実感があります。
あなたも、
自分で選んでください。
そして、
選んだら後悔しない。
それだけで、
人生は変わります。
