森翔吾です。
まだ自分に子どもがいなかった頃。
姉夫婦が共働きで、
よく姪っ子の保育園の
お迎えを任されていました。
夕方の保育園。
小さい子どもたちが
わーっと園庭から戻ってきて、
その中に小さな姪っ子がいる。
僕が顔を出すと、
姪っ子の友達がこっちを指差して
楽しそうにこう叫ぶんです。
「◯◯ちゃんのパパじゃない
パパだ〜!」
「別のパパが来た〜!」
あのときは笑いましたけど、
今思えば、あれは完璧に
「予行演習」でしたね。
まだ自分の子どももいない、
独身の男が、
仕事の合間に保育園まで行って
小さな手を引いて帰る。
その足でショッピングモールに
寄って、パフェを食べて、
ファミレスでご飯を食べて帰る。
当時の僕は、
「まあ、子育てって
こんな感じなんだろうな」
と、どこか軽く
考えていたんですよね。
もちろん、
大変さは想像していたけれど
それでもどこかで
「仕事と同じくらい
大変なんだろう」
くらいの感覚だった。
あの日「別のパパ」と
呼ばれていた男がのちにロシアで、
マイナス20度の中で
ソリ付きベビーカーを
押しながら、
いや、仕事より子育ての方が
100倍大変だわ……
男は家を出たら自由。親になると「余白」が消える
正直に言います。
男って、家を一歩出たら
けっこう自由なんですよね。
会社員時代を思い出しても
そうだし、
今の自分でビジネスしてても
そうなんだけど、
家から出た瞬間に、
世界が「自分のペース」で
動き始める。
・出社前に30分だけ、カフェでコーヒーを飲んでから行こうかな
・今日は少し遠回りして、川沿いを散歩してから帰ろうかな
・本屋に寄って、ちょっと立ち読みしてから帰宅しようかな
こういう「寄り道の自由」って、
当たり前のようでいて
ものすごく大きいんですよね。
自分のコンディションに
合わせて、
ちょっとした休憩を
どこかに挟める。
誰にも文攻を言われない範囲で
自分で微調整できる余白がある。
でも、
子どもがいるとこの「余白」が
ごっそり消えます。
まだ子どもがいなかった頃、
僕が、姪っ子を迎えに行ってから
モールに行って、
パフェを食べていたあの時間。
あれはあくまで
「イベント」だったから
楽しめていました。
でも、
自分の子どもができて
毎日、朝から晩まで付き合う側になると
話がまったく違う。
特に、3歳とか4歳くらいまでの
子どもが家にいると、
本当に1秒も気が抜けないんです。
・椅子の背もたれに寄りかかって、ブランブランし始める
・ソファからソファへジャンプしようとする
・テーブルによじ登って、そのまま飛び降りようとする
「危ないからやめなさい」
と言って素直にやめてくれるなら
どれほどラクか。
むしろ、
「止められたことでテンションが上がる」
という謎のスイッチが入って
さらに激しくなることだってある。
大人同士の仕事って、基本、
「大人対大人」
なんですよね。
多少イラッとしても言葉が通じる。
メール一本送っておけば
相手も自分も、
少なくともその場は
いったん落ち着ける。
でも子育ては違う。
相手は「生き物」であり
「まだ自分で自分を
守れない存在」
です。
失敗してもやり直しが
効く仕事と、
一瞬の油断で怪我につながる
かもしれない日常。
これを両方やってみると
どう冷静に考えても、
子育ての方が圧倒的に
神経を使うんですよね。
ロシアの朝のリアル:マイナス20度とソリ付きベビーカーの地獄
僕はいま、
ロシアのカザンという
街で、6歳と3歳の娘と妻の
4人で暮らしています。
家から保育園までは
歩いてだいたい5分くらい。
距離だけ聞くと
「近くていいですね」と
言われそうな距離です。
でも、
真冬のロシアでの「徒歩5分」は
けっこう別世界です。
マイナス20度台なんて
そこまで珍しくない。
空気を吸うと、
鼻の中が一瞬でキュッと
凍るような、あの感じ。
そんな中で、
まだ自分では長距離を歩けない
3歳の次女を、
冬用の「ソリ付きベビーカー」に
乗せて送ります。
車輪じゃなくて、
足の部分がソリになっている
ベビーカー。
雪道をガラガラと滑らせながら
片手で押していく。
これだけ聞くと、
ちょっと楽しそうに
聞こえるかもしれないけれど
実際はなかなかの地獄です。
まず、
ロシアの冬の朝は
とにかく防寒の準備が多い。
・厚手のタイツ
・長袖のインナー
・もこもこのセーター
・つなぎタイプのスキーウェアみたいなアウター
・帽子
・手袋
・マフラー
・そして重い冬用ブーツ
これを、まだ自分で素早く
着替えられない
6歳と3歳に着せていく。
「寒いから、ちゃんと着なさい」
そう言っても、
子どもたちはだいたい
逆を行きます。
「行きたくない」
「まだ寝たい」
「暑いからこれ着たくない」
ロシアの家の中って、
暖房が効いているから、
基本的にかなり
暖かいんですよね。
だから、家の中でこの
重装備を着せ始めると、
子どもは「暑い」と言い始める。
親の方も、
コートを着る前からすでに
汗だくになってくる。
・自分たちの身支度
・子ども2人分のフル装備
・「行きたくない」とグズるのをなだめる
これを、毎朝
時間に追われながらやる。
ここだけ切り取っても、すでに
「普通の仕事の1コマ」くらいの
エネルギーを使っています。
ようやく家を出て、
ソリ付きベビーカーに
次女を乗せて、
長女の手をつないで歩き出す。
片手でベビーカーを
押しながら、
もう片方の手で長女の手を
しっかり握って、
転ばないように歩く。
しかも、その間もずっと、
「保育園行きたくない〜」
このBGMが続くわけです。
これを想像しながら、
「仕事の方が大変だ」
と本気で言える人
どれくらいいるでしょうか。
もちろん、
仕事にも仕事の大変さがあるのは
分かっています。
僕もサラリーマンを
やってきたし、
独立してからも、
死ぬほど忙しい時期を
経験してきました。
でも、
マイナス20度の中で
ソリ付きベビーカーを押しながら、
イヤイヤ期と戦い、
なおかつ子どもの指先が
冷たくなりすぎていないか、
顔が赤くなりすぎていないかを
気にしながら歩く「5分間」。
これと、
オフィスでの5分間は、
同じ「5分」でも、
まったく別物なんですよね。
極寒のロシアだからこそ
この5分間の「大変さ」が
むき出しになるんですよね。
ロシア保育園の「昼寝2時間」が夜に与えるダメージ
ロシアの保育園には、
日本にはあまりない
習慣があります。
それが「昼寝の時間」です。
お昼ご飯を食べたあと、
子どもたちは2時間くらい、
ガッツリ寝かされます。
先生たちが布団を敷いて、
みんなでお昼寝タイム。
これだけ聞くと、
「子どもにとっては良さそう」と
思うかもしれません。
でも、実際に親の立場から
見ると、ここにも
大きな落とし穴がある。
以前、日本の幼稚園の先生と
話をしていたときに、
こんなことを聞かれました。
「ロシアって、お昼寝
あるんですよね?
でも、それだと夜、
寝れなくなりませんか?」
「はい、その通りです」
と即答しました。
実際、
うちの子どもたちは、
保育園で2時間昼寝をして
帰ってくると、
夜11時くらいまで
普通に起きているんですよね。
・夜、布団に入っても、なかなか寝ない
・そりゃそうですよね、昼に2時間寝てるから
・でも、翌朝は7時ごろには起こしたい
ここで、1日のリズムが
だんだん崩れていきます。
親としては
「早く寝てほしい」。
でも、
昼寝でしっかり
チャージした子どもたちは、
まだまだ元気いっぱい。
寝室の中でゴロゴロ転がって、
歌を歌ったり、
急におしゃべりが
止まらなくなったりする。
そして、
ようやく寝たと思ったら、
もう時計は23時。
そこから自分の時間なんて、
ほとんど残っていません。
じゃあ、なぜ保育園は
昼寝をさせるのか。
大人になってから
冷静に考えると、
これはもうシンプルで、
「先生たちの休憩時間が
必要だから」
なんですよね。
昔は、きっと意味が
あったんだと思います。
テレビもスマホも
なかった時代、
外で走り回って遊ぶのが
当たり前だった時代には、
昼寝がないと、子どもたちも
体力が持たなかったでしょう。
でも、今は違う。
・保育園では、ある程度の時間は室内遊び
・家に帰ればYouTubeやゲームの誘惑
・運動量は昔ほど多くない
そういう現代の子どもたちに、
昔と同じテンプレートを
そのまま当てはめている。
その結果として、
「夜11時まで寝ない6歳と3歳」
と一緒に、
親も夜更かしさせられる
わけです。
これもまた、
「子育ては仕事より100倍大変」
と感じる理由の一つです。
仕事だったら、せめて
「この仕組み、
おかしくないですか?」
と会議で提案することもできる。
でも、保育園のルールには、
親は基本的に従うしかない。
「これは先生たちの休憩時間
でもあるんだろうな…」
と分かっていながら、
そのツケを夜のリビングで
払うのは、親なんですよね。
日本の保育園・幼稚園の「就労証明」という壁
一方、
日本の保育園や幼稚園にも
別の意味での「壁」があります。
日本の幼稚園へ通わせる前の話。
日本に一時帰国したタイミングで、
市役所に保育園のことを
相談しに行ったことがありました。
そのとき、担当の方に
こう言われたんです。
「共働きじゃないと
フルタイムでは預かれません。
奥さんの就労証明が必要です」
ここまでは、まだ分かる。
でも、
うちの場合は
妻が海外にいたんですよね。
物理的に日本にいない。
それでも
「就労証明が必要です」と
言われた。
「いやいや、日本に
いないんですよ?」
「それでも、結婚している以上、
就労証明がないとフルタイムでは
預けられません」
このやり取りをしたときに、
心の中で思いました。
「これ、誰が決めた
ルールなんだろう…?」
ルールの背景には、
きっといろんな事情が
あるんだと思います。
本当に働いている人たちを
優先的に、という考え方も分かる。
でも、実際に目の前で
子どもを育てている親からすると、
単純に「詰む」んですよね。
結局そのときは、
「保育園は難しいので、
幼稚園をおすすめします」
と言われました。
ただ、その幼稚園にも
ルールがある。
「共働きじゃない場合は、
半日保育のみです」
お金を払うから1日預かって
というのも、
通用しないところが多いらしい。
ルールなので、仕方ない。
でも、実際にそのルールの中で
子どもを預けてみると、
どうなるか。
・朝、幼稚園に送っていく
・家に帰って、ちょっと一息つく
・掃除や洗濯、少しの用事を済ませる
・「さあ、これから何かしようかな」と思ったころには、もうお迎えの時間
「半日保育」と聞くとなんとなく
「午前中は自分の時間がある」
ように聞こえます。
でも、実際はそんな
悠長なものじゃない。
イベントや夏休み・冬休みの
期間なんて、
むしろ預かり時間が
もっと短くなって、
実質「隙間2時間」みたいな日も
たくさんありました。
このとき、
僕は実家にいたので、
正直かなり恵まれていました。
掃除はロボット掃除機が
やってくれるし、
料理は母親が作ってくれる。
だから、
幼稚園に送ってから、
ちょっと1人でどこかへ
出かける余裕も、
なんとか捻り出せた。
それでも、
自分の時間はせいぜい3〜4時間が
限界だったんですよね。
これ、
もし全部を自分で
やらなきゃいけない主婦
(主夫)だったらどうなるか。
・買い物
・料理
・洗濯
・掃除
・請求書の処理、クレジットカードの管理
その合間に子どもの送り迎え。
想像するだけで、
「時間ゼロ」になる
未来しか見えない。
このとき、心の底から思いました。
「これ、本気で仕事どころ
じゃないな」と。
だから僕は、
2025年はほとんど
仕事を諦めました。
長女ソフィアと一緒に、
日本に半年近く戻って。
あとから次女アマヤも
ロシアまで迎えに行って、
日本で2ヶ月ほど一緒に暮らした。
実家暮らしとはいえ、
毎日の送り迎え、
身支度、食事、寝かしつけまで、
基本的には僕がやる。
「日本でのポジティブな思い出を
できるだけ増やしてあげたい」。
そう思って、
ほぼ毎日のように
どこかへ連れ出していました。
その代わり、
自分の仕事はがっつり削る。
「仕事より子ども優先」
という選択を、あの一年は
本気で振り切ったんです。
週末ワンオペと、ショッピングモールの7000〜8000円
ロシアに戻ってからも、
「週末ワンオペ」の日は
やってきます。
平日は保育園があるから、
まだマシです。
朝送っていけば、
夕方まではなんとか自分の
時間が確保できる。
ロシアの場合、
共働きかどうかに関係なく、
2歳からフルタイムで
預けられるので、
この点は本当に救われています。
苦も週末は違う。
保育園はお休み。
子どもたちは、
朝から晩までフルパワー。
僕がよくやるのは、
ショッピングモールの
キッズコーナーに連れて行く
パターンです。
巨大な屋内遊具エリア
みたいなところで、
子どもたちが全力で遊べる場所。
ここ、だいたい1人
2000円くらいするんですよね。
子ども2人で4000円。
そこで1〜2時間遊んで、
そのあとフードコートで
何か食べたら、
トータルで
7000〜8000円。
毎週続いたら、
まあまあな出費には
なります。
でも、子どもたちが
嬉しそうに走り回っている
姿を目の前で見ると、
「今週もここにしよう」
と自然に思えるんですよね。
滑り台を何度も滑っては、
「パパ見て!」と
手を振ってくる。
ボールプールで顔だけ出して、
「いないいないばあ」
みたいなことをしてくる。
そのたびに、こっちは
「おおー、すごいね」と
リアクションを返す。
こういう場所があるから、
週末ワンオペも形になる。
「本当に助かるなあ」
と、いつも思います。
これ、外から見たら
「ただ遊んでいる父親」
に見えるかもしれません。
でも、内側にいると
分かることがあって。
・見失わないように、常に視界のどこかに入れておく
・ちょっと危なそうな遊具には、先回りして近くまで行っておく
・泣いている子がいたら、自分の子じゃなくても、なんとなく様子を見てしまう
こんな感じで
そこそこエネルギーを使う。
それでも、
「妻がいない週末を
どう乗り切るか」
と考えたときに、
この選択肢がいちばん
しっくりきているんです。
そして、ここでふと、
独身時代の自分を
思い出すんです。
姪っ子をモールに連れて行って
パフェを食べていたあの日。
あのときは、
「ちょっといいおじさんしてるな」
くらいの感覚だった。
でも今は違う。
毎週のように続く。
お金も自分の財布から出ていく。
子どもたちの満足度と、
自分の体力と、家計と、
そのバランスを考え続ける。
あの頃の自分には
見えていなかった「重さ」が、
今ははっきりと見えるように
なりました。
それでも、
子どもたちが夜、
布団の中で眠る前にポツリと言う、
「今日、楽しかったね」
この一言を聞くと、
「まあ、7000円くらいならいいか」
と思ってしまう。
この感覚、
親にならないとたぶん
分からないと思います。
妻の仕事と「10日間の旅」。僕が全部やる理由
うちは基本的に、
僕が収入源になっています。
一方、妻はロシアで
内装工事の仕事を
することがあります。
数年に一度くらい、
大きなプロジェクトが
ポンと入る。
基本は自分たちが
購入した投資物件で、
大きいものだと
90平米くらいになります。
まっさらなマンションの
内装を、一から
職人さんを雇って、
材料、資材を調達して、
まるごと工事します。
さらに、
うちは意識的に
「小さな別居」という
期間を設けています。
これはお互いに「一人旅」に
出る期間を作る。
妻が旅に出ている
1週間から10日間ほどは、
僕がロシアで完全に一人で
子供たちの面倒を見ます。
そのタイミングで、
僕がやると決めていることが
一つあります。
「その期間は、子育てと
家のことを、僕が全部やる」
その代わり、
自分の仕事はセーブする。
ブログの更新頻度を落としたり、
新しいプロジェクトの
立ち上げを遅らせたりする。
これ、サラリーマンだと
ほぼ不可能ですよね。
・会社に「妻が旅に出るので、今月は子育て優先でお願いします」とは言えない
・言えたとしても、通る会社はかなりレア
・昇進や評価にも、少なからず影響が出る
自分でビジネスを
しているからこそ、
ギリギリ成り立っている
バランスです。
妻がフル稼働している期間や、
一人旅を楽しんでいる期間。
もし僕が、
「いや、俺も仕事があるから」
と同じようにフルで
仕事をしていたら、
誰かが完全に潰れるか
一人旅なんてできない。
その結果、
どこかに必ず「ひずみ」が出る。
だから、
「どこでブレーキを踏むか」
を決められる立場にいる方が、
ブレーキを踏むしかない。
僕がこうして
「育児の大変さ」を
語ることができるのも、
この「完全ワンオペ期間」を
定期的にやっているからだと
思っています。
最後に、仕事より「子育て」の方が100倍大変。それを今やっているあなたへ
ここまで、いろんな
エピソードを書いてきました。
・マイナス20度、ソリ付きベビーカーでの保育園送り
・ロシア保育園の昼寝2時間からの、夜11時就寝コース
・日本の保育園・幼稚園の「就労証明」と「半日保育」の壁
・主婦の1日は、実質「自分の時間ゼロ」に限りなく近いこと
・週末ワンオペで、ショッピングモールに7000〜8000円、子どもの笑顔を買っていること
・妻が仕事モードに入ったときは、自分の仕事をセーブしてでも支える必要があること(妻が一人旅へ出かけているときも)
これらを全部まとめて、
僕が今、心の底から
言えるのは、
やっぱりこの一言です。
「仕事より『子育て』の方が
100倍大変だ」
仕事の大変さを軽く見ている
わけでも、会社員を
バカにしたいわけでも
ありません。
僕自身、サラリーマン時代には、
・終電まで残業した日もある
・胃が痛くなるような会議も経験した
・「このままここにいたら、人生終わるな」と思って会社を辞めた
その上で、なお、
両方やってみて思うんです。
「子育ての方が、はるかに
神経をすり減らすし、責任も重い」
仕事は、最悪やめることもできる。
転職もできるし、
方向転換もできる。
でも、
親はやめられない。
3歳児が椅子から
落ちそうになったとき、
保育園のルールにモヤモヤしながら、
眠そうな目をこすりつつ
お弁当をつくる朝。
夜11時まで寝ない子どもに
「早く寝てほしい」と
思いながら、
それでも背中をトントン
し続ける時間。
そういう一コマ一コマを、
「当たり前のこと」として、
今日も黙ってこなしている
人たちがいる。
もし、
いまこれを読んでいるあなたが、
毎日、歯を食いしばりながら
子育てをしている人なら、
僕は心からこう言いたいです。
「あなたは、すでにものすごい
ことをやっている」
仕事ができることよりも、
肩書きが立派であることよりも、
SNSでキラキラして見える
生活よりも、
毎日、子どもの命と心を
守り続けているという
事実の方が、
何倍も、何十倍も、価値がある。
僕はたまたま、仕事も子育ても、
両方それなりにやってきた
立場になったからこそ、
少なくとも、外野から
こうは言えます。
「仕事が大変だ」
と胸を張って言う前に、
一回でいいから、本気の
ワンオペ育児をやってみてほしい。
そして、いままさにそれを
やっているあなたへ。
今日もお疲れさまでした。
そして、子どもたちのために、
そのエネルギーを使い続けている
あなたは、本当にすごい。
僕もロシアの片隅から、
同じようにバタバタしながら、
「同志」として、
静かにエールを送っています。
