森翔吾です。
前回の記事では
イランのミサイルで、
ドバイの「安全神話」が
崩壊したことについて書きました。

今回はもう一段深く掘ります。
なぜドバイ“だけ”が、
これほど集中的に
攻撃されているのか。
僕は、
ドバイに法人を
設立した経験があり、
実際にイランのテヘランを
歩いたことがあります。
さらに、
ロシア人の妻が
ドバイで10年働き、
国際企業の皮を被った
イラン系企業で勤めた経験。
それらがあるからこそ見える、
この攻撃の本当の意味を
お伝えします。
数字が語る異常
まず、この表を見てください。
| 国 | ミサイル+ドローン | 死者 | 民間インフラ被害 |
|---|---|---|---|
| UAE | 182発+689機=871 | 3名 | 空港・ホテル・住宅・港湾 |
| クウェート | 97発+283機=380 | 1名(+米兵6名) | 空港・港湾 |
| カタール | 65発+12機=77 | 0名 | 空港 |
| バーレーン | 未公表 | 1名 | ホテル・米軍基地周辺 |
| サウジアラビア | 未公表 | 0名 | 米大使館のみ(3月3日) |
| オマーン | ドローン数機 | 1名 | 港湾のみ |


おかしいと思いませんか?
サウジアラビアは攻撃数を
公表していません。
ただし3月3日、
リヤドの米国大使館に
ドローン2機が命中。
限定的な火災が発生しました。
しかし注目すべきは、
サウジへの攻撃は
米軍・米大使館だけが標的で、
民間インフラは一切狙われていない
ということです。
一方、UAEでは
ブルジュ・アル・アラブ、
フェアモント・ザ・パーム、
住宅地、空港、港湾——
「国そのもの」を
壊しにかかっている。
実際にイランの最高指導者
ハメネイ師は、
アブラハム合意が結ばれた直後に
UAEを名指しでこう非難しています。
「UAEはイスラム世界を裏切った。この汚名は永遠に消えない」
さらにイラン外務省も
「UAEには危険な未来が待っている」
と警告していました。
そして6年後、
その「危険な未来」が
現実になった。
UAEとサウジアラビアは、
どちらも湾岸の富裕国。
どちらも米軍基地がある。
どちらもイランの隣国。
どちらも石油で成り立っている。
こんな感じで
条件がほぼ同じ。
なのに結果は、
UAE 871発 vs サウジは
米大使館のみ。
違いはたった1つしかありません。
前回の記事でも触れましたが、
イスラエルと手を組んだかどうか
です。
お金に目がくらんだ「禁じ手」
約7年前。
2019年のドバイは
瀕死でした。
2014年半ばのピークから、
不動産価格は5年連続で下落。
その後、
コロナで外国人の8.4%が
国外脱出。
供給過剰で誰も
不動産を買わない。
このまま行くと
本当に危ない——。
実はこの間際まで、
僕の妻もドバイにいました。
結婚、子供ができたことで
ドバイからロシアに
引っ越したのが同じ2019年でした。
当時、
現地で肌で感じていた空気感は、
数字以上に深刻でした。
不動産関係の仕事を
クビになった同僚もいました。
困ったドバイ・UAE政府は
2020年9月、
アブラハム合意が結ばれます。

アラブ国家であるUAEが
イスラエルと国交正常化。
奥の手であるユダヤマネーに
手を出したことで、
今までは禁止されていた
イスラエル人(ユダヤ人)が
不動産を買えるようになったのです。
その瞬間から、
イスラエルの富裕層が
ドバイの不動産に殺到しました。
底値だった不動産価格は
5年で5倍に跳ね上がり、
累計取引額は80兆円を突破。
妻の元同僚は、
イスラエル人の富裕層に
10戸単位で物件を販売し、
一度の取引が数億円規模になり
手元には1000万円のボーナスが。
ドバイは蘇りました。
イスラエルのお金で。
一方、
サウジアラビアは
このアブラハム合意を
拒否し続けました。
というのも
サウジには、
PIF(公的投資基金)93兆円と
世界最大級の石油収入があります。
「禁じ手」を使わなくても
耐えられる体力があった。
ドバイにはそれがなかった。
体力のない国が禁じ手を使い、
体力のある国が正攻法で待った。
7年後、
禁じ手を使った国に
871発のミサイルが飛び、
正攻法の国は
米大使館だけが狙われ、
国土は無傷です。
なぜドバイなのか
イラン南部の海岸線からドバイまで、
直線距離で約150km。
イランが大量に保有する
ミサイルを調べてみると、
イランの弾道ミサイルの中で
最も量産されている、
短距離弾道ミサイル
「Fateh」シリーズの射程は
300〜750km。
ペルシャ湾を挟んだドバイには、
余裕で届きます。
一方、
本敵であるイスラエルまでは、
イラン西部の国境付近から撃っても
1,000km以上離れており、
中心部からは約1,800kmあります。

短距離ミサイルは
量産コストが安く、
固体燃料なので発射準備も速く、
精度も高い。
逆に、
1,000km以上飛ぶ長距離ミサイルは
非常に高価で数が限られるため、
量で圧倒することはできません。
僕の意見ですが、
イランは今回の戦争に
「勝つ」つもりはないと思います。
狙いは、
ドバイを痛めつけることで、
ドバイ側からアメリカに
「もうやめてくれ」
と泣きつかせることです。
そしてもう一つ。
ドバイを攻撃し、
ホルムズ海峡を閉鎖することで、
世界経済そのものを
人質に取るという狙いです。
実際に原油価格は
攻撃直後から急騰。
専門家は
「このまま閉鎖が続けば
世界的なリセッション(景気後退)が
確実になる」
と警告しています。
つまりイランは、
ドバイという「裏切り者」を
殴ると同時に、
世界中を巻き込んで
「止めないと
全員が損をするぞ」
と脅しているわけです。
同盟構造の中で、
最も近くて、
最ももろくて、
最も「裏切った」相手。
それがドバイだった。
イラン陸軍の司令官は
こう言っています。
「ベトナムでも、アフガニスタンでも、イラクでも、彼らは必ず屈辱的に去っていった」
長期戦に持ち込めば、
アメリカは必ず撤退する。
その間、
最も効率よくダメージを
与えられるのが、
150km先の
ドバイだということです。
さらに3月2日、
イラン革命防衛隊(IRGC)は
ホルムズ海峡の閉鎖を
正式に宣言しました。
「通過する船は炎上させる」
世界の石油・LNG供給の
約5分の1がここを通ります。
マースク、MSCなど
世界最大手の海運会社が航行を停止。
日本の海運各社も全面停止。
ドバイだけでなく、
世界経済の動脈を
自ら断ち切った。
これも「道連れ」の一部です。
自分の生命線を撃つ決断
ここからがこの記事で
一番伝えたいことです。
イランとドバイ(UAE)は、
実は経済的に
深く繋がっています。
二国間の貿易額は
年間270億ドル(約4兆円)。
UAEにはイラン系企業が
8,000社登録されており、
ドバイの人口の約10%、
推定30万人以上がイラン系です。
僕の知り合いが借りていた
ブルジュ・ハリファのオーナーも
イラン系の富裕層で、
ブルジュ・ハリファはじめ
高級マンションを
複数所有していました。
彼らのように、
ドバイの不動産投資や
ビジネスで稼ぎ、
その利益をイラン本国に
送金しているイラン人は
大勢います。
そのお金がイランの経済を回し
テヘランの発展を支えているのです。
ちなみに、
僕は2年ほど前、
実際にテヘランを歩きました。
テヘラン駅から北に向かって
山の方まで2〜3時間
歩いたことがあります。
歩いていくと、
街の景色がどんどん
変わっていくんです。
まず歩道が
きれいに整備され始めます。
雑居ビルが消えて、
新築のきれいなマンションが
増えてくる。
おしゃれなバーや、
手入れの行き届いた公園が現れる。
山側の高級住宅街には、
東京の港区に建っていても
違和感がないような
マンションがいくつもありました。
「ここ港区です」
と言われたら、
たぶん信じると思います。

日本にあっても
「このモール、すごく綺麗だな」
と思うレベルの
ショッピングモールが
次々とできていて、
高級スーパーに行けば
品揃えは日本と変わりません。
オーガニックショップまであります。
建設ラッシュで、
新しいビルも
どんどん建っていました。

「厳しく経済制裁を
されているはずのイランって、
こんなに発展しているのか!?」
正直、驚きました。
ニュースで見るイメージとは
全く違ったからです。
でも、
その発展を支えていたお金は
どこから来ているのか。
その答えが、
ドバイです。
ドバイに出ている
イラン人たちが稼いだお金が
本国に送金され、
モールが建ち、
マンションが建ち、
公園が整備されている。
テヘランの高級エリアで
買い物をしている人たちの多くは、
イラン国内で
稼いでいるのではなく、
ドバイからの仕送りで
生活しています。
そして、
そのドバイに、今、
871発の
ミサイルとドローンを
撃ち込んでいる…..
270億ドルの貿易。
8,000社のビジネス基盤。
30万人の同胞の生活。
あの綺麗なモールの資金源。
さらに、
ホルムズ海峡を閉鎖したことで
ドバイ経由の自国の貿易ルートまで
完全に断ち切った。
そんな、
今回のミサイル攻撃は
何が言えるかというと、
・
・
・
全部を犠牲にしてでも、
「裏切り者への報い」を
選んだということです。
これは半ば自爆です。
道連れと言ってもいい。
テヘランの建設ラッシュも、
あの高級モールも、
きれいに整備された公園も——
資金の入口を自分で壊した以上、
遠からず止まります。
めちゃくちゃ迷っただろうな
と思います。
でも、それでも撃った。
これは、
体制の存亡をかけた、
最後のトレードオフ
だったんだと思います。
撃つ側の家族も、そこにいた
しかも、
ドバイにいるのは
一般のイラン人だけでは
ありません。
イランには
「アーガーザーデ」と呼ばれる
特権階級の子どもたちがいます。
体制幹部の子弟が、
親の権力で得た資金を
海外に移し、ドバイで暮らしている。
イラン革命防衛隊の司令官自身が
「約4,000人の幹部の子どもが
海外にいる」
とテレビで認めています。

僕の妻はかつて、
ドバイのとある
石油関連企業で働いていました。
表向きは国際企業ですが
中身は完全にイランの企業でした。
なぜロシア人の妻が
イラン系企業に雇われたのか。
そこにも理由があるのですが、
今回は長くなりすぎるので
次の記事で書きます。
妻がその会社にいた頃の話です。
その会社の関係者である
イラン人上司の娘の結婚式に
招待されたことがあります。
ちなみに、
彼の親は資産が
何十億円規模のスーパーリッチ。
会場はドバイ最高級のホテルで、
ゲストはベンツやロールスロイスで
乗り付けてくる世界。
さらに花嫁である彼の娘は、
フォロワー50万人超の
インフルエンサーになっています。
イラン国内では必須の
ヒジャブなんてどこにもない。
明らかに整形を重ねた顔。
そしてカナダのパスポートも
持っている。
イランではイスラム革命以来、
アメリカのことを
「大悪魔(Great Satan)」、
イスラエルを
「小悪魔(Little Satan)」
と呼んでいます。
その「大悪魔」と呼んでいる国の
文化を楽しみ、
いざとなれば
外国のパスポートで
逃げられる人たちです。
彼らには外国のパスポートがある。
海外の銀行口座がある。
いつでも逃げられる。
一方で、
テヘランで日々の暮らしを
送っている一般のイラン人には——
逃げ場がない。
そして開戦直前、
イスラエルのChannel 14の
報道によると、
最高指導者ハメネイの息子
モジタバは、
約15億ドルの暗号資産を
海外口座に送金していたと
報じられています。
もちろん、
この報道の真偽は
確認しようがありません。
ただ、
イラン高官の子どもたちが
ドバイでめちゃくちゃ豪華な
生活を送っていることは、
僕らは実際に
この目で見ています。
「アーガーザーデ」が
存在すること自体は、
紛れもない事実です。
撃つ前に、
自分たちだけは逃げていた。
この構造についても
次の記事で詳しく書きます。
ニュースが映さないイラン
僕がテヘランに行ったのは、
ある人の言葉がきっかけでした。
妻の元上司で、
ドバイで暮らす
もうすぐ60歳になる女性がいます。
彼女がいつも嘆いていました。
「イランは本当はニュースが言うような悪い国じゃない。なのに、世間ではテロリストとか独裁政治とか、悪いイメージばかりがついてしまっている」
それを聞いて、
実際に行ってみようと思いました。
実際訪れてどうだったか?
正直、
結果から言うと、
良いイメージしか残っていません。
こんなことがありました。
Youtubeの撮影がてら
街を歩いていたら、
パトカーの窓から
警察官が声をかけてきました。
一瞬身構えましたが、
「何人だ?」と聞かれ
「日本人です」と答えると、
「おお、日本か!握手してくれ」
と手を差し出されました。
パスポートチェックすらありません。
警察官はそのまま
去っていったのですが、
数秒後、
パトカーがバックで
戻ってきました。
「さっき撮影してた?すまない。
今の映像だけは消してくれ」
笑顔のまま、
それだけ言って、
また去っていきました。
フレンドリーだけど、
一線は絶対に譲らない。
ルールだから仕方なくやっている。
でも人間性は失っていない。
僕はロシアの警察を
知っているからこそ、
その違いに驚きました。
タクシーに乗った時のことも
忘れられません。
15分の距離を走って運賃は1.2ドル。
(当時約180円)
「お釣りはいいですよ」
とキリがいい数字を渡したら、
運転手は首を振って、
律儀に数十円分を返してきました。
街の両替商には
「一枚おまけしとくよ」と言われ、
後で計算したら
当初のレートより
良かったことがあります。
ちなみに、
ハイパーインフレの影響で
両替すると札束の山になるのですが、
「危ないから
早くポケットにしまいなさい」
と言われたり。
スマホで自撮りしながら
歩いているとホテルの人から、
「カメラは気をつけなさい、
バイクでひったくられるかも
しれないから」
と何回か注意されました。
ちなみに、
実際に街を歩いていて
危険を感じたことは一度もありません。
注意してくれる人たちの優しさの方が、
よほど強く印象に残っています。
他にも、
ちょうどラマダンの時期に
訪れたのですが、
(イスラム教の断食月)
昼間なのに普通に
お弁当屋さんが開いていました。
ザクロに実がちりばめられた
サフランライスの中に
鶏肉が入ったカラフルなお弁当に、
250ml缶のコーラが
セットで付いてくる。
缶にはペルシャ語で
「コーラ」と書いてあります。

「大悪魔」
と呼んでいる国の飲み物を、
断食中の昼間に
堂々と飲んでいる。
誰も咎めない。
中庭みたいな場所に
みんな座って、
普通に食べています。
僕も一緒に食べましたが、
なんだか一緒に悪いことをしている
ような気分でした。笑

一日我慢した
断食明けのイフタール(夕食)は、
もっと印象的でした。
モスクの前の広場に
ゴザやレジャーシートを敷いて、
家族や友達同士で
食卓を囲むんです。
「お腹空いたね」と
笑い合いながら食べるあの空気。
一日の我慢を分かち合って、
みんなで一緒に食べる。
ラマダンっていいな、
と素直に思いました。
カフェからでは洋楽が聴こえ、
ヒジャブを被っていない女性が
普通に歩いている。
市場にはハリウッド映画の
海賊版DVDが山積みで、
雪をかぶった山を背景に、
アメリカの映画と音楽が
堂々と売られている。
ご飯も美味しい。
人も優しい。
ケバブは柔らかくて、
お肉もご飯も
どこで食べてもハズレがない。
僕はドバイに行くと
必ずイラン料理店を探して
食べるのですが、
あの地域の料理の中では
イラン料理が一番繊細だと
感じています。
国民の67%がアメリカとの
国交正常化を望んでいる
というデータがあります。
この人たちの国が、
ドバイに対して
871発のミサイルを撃っていること。
全く信じられません。
73年間、同じことが繰り返されている
なぜイランは
こうなったのか。
調べてみました。
1951年、
イランの民主的に選ばれた
首相モサッデグは、
イギリスの石油会社が
独占していたイランの石油を
国有化しようとしました。
イランの石油から得られる
利益のほとんどが
イギリスに流れ、
イラン側にはわずかな
ロイヤルティしか
入らなかったからです。
イギリスは
世界的な石油禁輸で
対抗しました。
イラン人は日に日に
貧しくなっていきました。
それでも国有化が
止まらなかったため、
1953年8月、
CIAとMI6が共同で
クーデターを実行。
民主的に選ばれた政権を
4日間で転覆させ、
親米の国王を復権させました。
CIAはこの関与を
2013年に初めて
公式に認めています。
クーデター後、
石油利権はイギリス単独ではなく、
アメリカの石油企業も含めた
新たな配分で再分配されました。
民主主義で石油を取り戻そうとした。
そうしたら、潰され、利権を奪われた。
これが出発点です。
その後の73年間を振り返ると、
同じパターンが
繰り返されています。
1953年:イランの民主政権がCIAに潰され、石油利権を英米が再分配。
1979年:国民の怒りが爆発してイスラム革命が起き、「二度と支配されない」体制が誕生。
1980〜1988年:アメリカが支援するイラクとの戦争で100万人が死亡。
1995年以降:経済制裁が連続し、通貨リアルは暴落。
2025年末:インフレ42%の中で大規模な反政府デモが起き、数千人が命を落としました。
そして、
2026年2月28日、
アメリカとイスラエルが
イランを攻撃。
最高指導者ハメネイ師が
殺害されました。
3月2日時点で、
イラン国内の死者は201名、
負傷者は747名に上っています。
それでもイランは停戦を拒否。
ラリジャニ暫定指導部は
「交渉はしない」と
宣言しています。
同じことは
他の国でも起きています。
2003年のイラク。
「大量破壊兵器がある」
という理由で侵攻し、
真っ先に保護されたのは
石油省と油田でした。
街のインフラは
破壊されたのに。
2011年のリビア。
カダフィは石油収入で
無料の教育と医療を提供し、
アフリカ統一通貨を
構想していました。
ドル決済への挑戦が
始まった瞬間に、
NATOが9,700回の空爆を行い、
国家は崩壊しました。
ちなみに今回、
イランの国民にとって、
選択肢はどちらも地獄です。
現状を維持すれば、
・インフレ40%超
・通貨暴落
・ネット遮断
・世界からの孤立
逆に、
アメリカを受け入れれば、
短期的には制裁が解除されて
楽になるかもしれない。
でも1953年と同じ構造——
石油利権を外国企業に開放し、
利益の大部分が外に流出していく。
イラクとリビアが既に
その「実験結果」を
見せています。
どちらを選んでも、
数十年後には搾取されている。
この構造が
73年間続いています。
僕にはどちらが正しいのか
断言できません。
ただ、73年間
同じことが繰り返されているという
事実だけが残っています。
最後に
ドバイに行くといつも
イラン料理を食べていました。
イランでも毎日、
ケバブとサフランライスの
同じメニューを注文しました。
あの繊細な味付けが
恋しくなります。
今はドバイにも
行きづらくなりました。
イランにも行けません。
あの警察官の握手の温かさと、
871発のミサイルが、
同じ国から来ています。
早く戦争が終わって、
安心して旅ができる日が
来たらいいなと思っています。
次の記事では、
妻がなぜイラン系企業に雇われたのか、
そしてイランのエリート層が持つ
「二重構造」について
さらに掘り下げます。
それでは、また。

