子供の「未来」より大事なものを、僕は見落としていた…

こんにちは、森翔吾です。

今日は、

これからの時代を生きる
子供たちにとって、

「本当に必要な教育とは何か?」

というテーマについて。

僕なりの結論を
書いてみようと思います。

早速、

答えから言ってしまいますが
それは、

プログラミングでもなければ
偏差値の高い大学でもありません。

もっと地味で、

でも、

僕ら夫婦が冷や汗をかきながら
手探りでたどり着いた、

生き抜くための「痛みを伴う教訓」

です。

そして今回は正直に
少し恥ずかしい話もします。

子供たちの未来のことを
偉そうに語っている僕自身が、

実は、

最も大切な足元
を見落としていた…

という、親としての失敗談です。

もし今、あなたが、

「子供の将来が不安だ」

とか、

「どんなスキルを
身につけさせればいいのか?」

と焦りを感じているなら
今日の話はきっと、

その肩の荷を少しだけ下ろし
今日から子供を見る目が
ほんの少しだけでも
優しくなるきっかけになるはずです。

 

目次

なぜ僕らは「3ヶ国語」に執着するのか?

僕ら夫婦には、
明確な教育方針があります。

それは娘たちを、

「トリリンガル(3ヶ国語話者)」

にすることです。

ロシア語、英語、日本語。

「教育熱心ですね」
「将来はエリートですか?」

よくそう思われるかもしれませんが
僕らの動機はそんな
綺麗なものではありません。

僕らが言語にこだわる理由。

それは、

僕ら夫婦にとって、

「言語こそが、人生のドン底から
這い上がるための『命綱』だったから」

ということです。

少し、

妻の話をさせてください。

僕の妻はロシア人ですが
彼女の幼少期は壮絶でした。

彼女が生まれたのは
ソビエト連邦が崩壊した直前。

4歳のときにソ連が崩壊しその後は
想像を絶する混乱が続いたようです。

昨日まで価値があったお金が
一夜にして紙屑になり
パンすら買えないような時代。

いとこのおばさんが
必死に貯めた
「一軒家が買えるほどのタンス預金」
も一瞬でただの紙切れになったそうです。

そんな希望のない
地方都市で育った彼女にとって、

唯一の「脱出チケット」
が英語でした。

大学卒業後、

周りの友人がロシア国内で
就職を決めていく中、

なぜか彼女だけ
仕事が全く決まりませんでした。

ですが、

運命とは不思議なものです。

彼女は偶然にも
田舎町のバスの中に貼られた
「海外での求人広告」
を目にしました。

彼女は英語学科を専攻しており
猛勉強のすえ、

高校生の頃にはすでに
英語の本を読める力がありました。

その結果、

面接に合格し
片道切符でドバイへ飛びました。

コネも金もない。

あるのは「英語が話せる」
という事実だけ。

でも、

その一本の綱を頼りに
彼女はホテルで職を得て
必死で這い上がり
そして僕と出会いました。

もし彼女が
ロシア語しか話せなかったら?

間違いなく
今の僕らの生活はありません。

そして、

それは僕自身も同じです。

僕は中学時代
「吃音症(きつおん)」に苦しみ
コンプレックスの塊でした。

友達はおろか
親にも相談したことは
一度もありません。

面談の時に名前が発せず
高校受験の面接からも
逃げ出しました。

さらに20歳の時、

「人生を変えるチャンス!」

と胸を張って行った
カナダへのワーキングホリデー。

でも、

現地で吃音症の影響が
モロに出てしまい
緊張で英語が全く出てこない。

「またダメだった…」

結局、

家に引きこもるような生活になり
高校受験に続き
人生2度目の挫折を味わいました。

その後、

25歳の時に必死の努力で
吃音症を克服。

そして29歳。

東京でのサラリーマン生活に
区切りをつけ、

「これが最後だ!」という覚悟で
フィリピンへ留学しました。

会社を辞めた29歳の時点で
目立ったスキルや資格は何もない。

もし英語がダメなら
本当に路頭に迷う。

そんな「背水の陣」でした。

その追い込まれた環境のお陰でしょうか。

最終的に自分が納得いくレベルの
英語力を身につけることができました。

もちろん、

全くもってペラペラ
とは言えません。

それでも、

後にアメリカから商品を仕入れたり
ドバイで会社を作ったりする。

これらを成し遂げるには
十分すぎる武器になりました。

ただ、

僕にとって英語は
単なる「ビジネスツール」以上の
意味を持っていました。

不思議な感覚なのですが
英語という「別の言語」を通すと
僕はまるで、

「映画の中の俳優」

になったような気分になれたんです。

普段の自分なら
恥ずかしくて言えないことも
英語というフィルターを通すと、

どこか客観的に
堂々と話すことができる。

これまでのコンプレックスや
目を背けたくなるような
辛かった過去さえも
さらけ出すことができたんです。

実際、

妻と出会った頃。

僕はビジネスで大金を騙されたり
様々な辛い経験をしていました。

そうしたショックや過去の弱みを
身近な日本人にはほとんど
話したことがありませんでした。

日本語だったら、

プライドが邪魔をして
口が裂けても言えなかったでしょう。

ですが、

英語という非日常の言語
だったからこそ、

誰にも話せなかった
過去のショックや
今の自分の弱さを
すんなりと打ち明けることができた。

妻もまた、

ソ連崩壊後の極貧時代の話など
壮絶で辛かった過去を
包み隠さず話してくれました。

そもそもですが
もし僕らが、

ただ旅先で出会っただけの
言葉の通じない外国人同士だったら。

間違いなくその場限りの関係で
終わっていたはずです。

英語という共通言語があったからこそ
お互いの「弱さ」や「過去」を共有し
深い部分で繋がることができました。

言語は、

単なるスキルではありません。

自分という人間を縛り付けている
「過去」や「コンプレックス」から
自分を解き放つための、

「心のフィルター」

なんです。

だからこそ
僕らは子供たちに
3つの言語を渡したい。

それは、

「勉強ができるようになってほしい」

わけではなく、

将来どんな場所にいても
どんな理不尽な状況になっても、

「自分の足で住む場所を選び
自分を変えられる自由」

を持っていてほしいからです。

これが、

僕ら夫婦の教育の「根幹」です。

 

AIに仕事を奪われる時代は、すでに到来

でも、

ここからが今日の本題です。

「じゃあ、語学さえできれば安泰なのか?」

というと、

これからの時代は
そう単純ではありません。

なぜなら、

「AI(人工知能)」

という怪物が、

僕らの仕事の概念を
根底から覆そうとしているからです。

先日、

妻のドバイ時代の同僚でラトビア出身。

現在アメリカへ移住し
テキサスに住んでいる
友人と話しました。

彼女の旦那さんは、

あの「Amazon」で働く
システムエンジニアです。

年収は軽く数千万円を超える
いわゆる「超エリート」です。

米国で働くシステムエンジニア。

彼らは、

かつて「最強の手に職」と謳われ
高収入、自由な働き方、

そして、

景気に左右されない安定を
何年にもわたって享受してきた、

現代のホワイトカラーの
頂点にいる存在です。

でも、

そんな彼が今
怯えているんです。

「次は自分が解雇されるんじゃないか…」

というのも
つい先日、

ニュースでも大きく報じられました。

Amazonが史上最大規模の
ホワイトカラー削減に踏み切りました。

これはAmazonだけの話ではありません。

GoogleやMicrosoftといった
世界最先端の企業が、
好業績にもかかわらず、

ものすごい勢いで
エンジニア職を含む従業員を
解雇しています。

なぜか?

その理由は、

AIがコードを
書けるようになったからです。

この現実から何が
言えるかと言うと、

今まで、

「手に職をつければ安泰」
「プログラミングができれば高収入」

と言われていた常識が
音を立てて崩れています。

中途半端なスキルや
ただ言われたことを
こなすだけの能力は、

これからの数年で
AIに置き換わっていくでしょう。

そんな、

エリートさえも怯える時代に
僕たちは子供に
何を教えればいいのでしょうか?

 

重要なのは「フロー状態」に入り続ける力

僕の答えは一つです。

それは、

「時間を忘れるほど
何かに没頭する力」

=フロー状態

を身につけさせること。

これしかない。

心から僕はそう思っています。

AIは「効率」は得意ですが
「熱狂」はできません。

人間がAIに勝てる唯一の領域
だと僕は信じています。

それは、

「好きすぎて、楽しすぎて
気づいたら朝になっていた」

というような
異常なまでの熱量が生み出す
クリエイティビティだけ。

これじゃないでしょうか?

実はこれ、

僕自身も最近
強烈に実感していることがあって。

このブログを
いつも読んでくれている方は、

もしかしたら
気づいているかもしれません。

「最近、森翔吾の記事のレベル
なんか上がってないか?」

「熱量がすごくないか?」

データを見れば
その事実は明らかです。

以前よりも、

一人当たりの滞在時間が
40%も伸びました。

なぜなら、

今の僕はまさに、

「フロー状態」

にあるからです。

僕は毎日、

ロシアの極寒の中を1時間半ほど
ウォーキングをしています。

気温はマイナス。

普通なら寒くて
外に出たくない環境です。

でも、

僕はその1時間半、

ボイスレコーダーに
向かってひたすら
ブツブツと喋り続けています。

何をしているかというと、

ブログの構成や、将来の戦略といった
自分の考えを録音しているんです。

「次の記事の構成はどうしようか?」
「この先は◯◯な新しいことをやろう!」

そうやって、

自分の思考を高速で回転させ
頭の中のアイデアを言語化していると、

脳内からドーパミンやら
セロトニンやらが
溢れ出してくるのがわかります。

すると、

不思議なことが起きます。

寒さを全く感じなくなるんです。

それどころか
1時間半という時間が
ほんの一瞬に感じられる。

「え、もう着いたの?」

と。

逆に、

先日、ボイスレコーダーを
忘れた日がありました。

その日は、

音楽を聴きながら
同じ道を歩いたのですが、

「寒い…」
「あれ、まだ着かないのか…」
「あの橋、こんなに長かったっけ?」

同じ気温
同じ道
同じ体調。

なのに、

「没頭」

していないだけで
世界はこんなにも冷たく
退屈で、苦痛に満ちたものになる。

この経験で、

僕の主張が、確信に変わりました。

これからの時代
幸せに生きていけるのは
お金持ちでもエリートでもなく、

「自分の好きな対象を見つけ、そこに没頭し
寒さや時間の経過さえも忘れてしまえる人」

だけなんだと。

だから僕は子供たちにも
勉強を強制するつもりはありません。

絵でもいい。
ゲームでもいい。
ダンスでもいい。

何でもいいから、

「もう寝なさい!」

と怒られるまでやめられないような
そんな「何か」をたった1つで良いから
見つけてほしい。

なぜなら、

AIは「正解を出すこと」
は得意ですが、

「その人だけの熱意から生まれる
オリジナルのアイデアを
次々に湧き出させる」

ことはできないからです。

没頭から生まれた
その熱狂とオリジナリティこそが、

AIが処理する情報そのものになり
新しい時代や市場を創り出す
「創造の源泉」になります。

それさえあれば、
AI時代だろうが何だろうが、

彼女たちは最強の
「生産者」
になれるはずだからです。

 

親としての失態:僕が見落としていた、もっと大切なこと

ここまで、

僕らが大切にしている
子育ての方針として、

・3つの言語を操る自由
・フロー状態に入る没頭力

この2つがあれば
子供たちの未来は安泰で
完璧だ!

僕は本気でそう思っていました。

そう信じて、

長女ソフィアにも
いろいろ教えていたつもり、

だったのですが、

僕は大きな間違いを
犯していました。

未来の「スキル」や
「成功」ばかりを見て
肝心の、

「今、この瞬間の子供の心」

を見落としていたんです。

数ヶ月前のことです。

半年間、日本に滞在した後
ロシアへ戻って間もない頃でした。

ソフィアがポツリと言い出しました。

「男の子なんて嫌い」
「幼稚園、行きたくない…」

最初のうち
僕は正直、

あまり深く受け止めていませんでした。

「まあ、子供同士だし
ちょっと喧嘩でもしたのかな?」

「行きたくない時期もあるよね。
でも行けば楽しいでしょ?」

そんなふうに
軽く流してしまっていたんです。

なぜなら、

新しい家の内装工事や
仕事が忙しい時期で
物理的に時間がなかったこと。

さらに、僕の頭の中は、

「どうやって英語を伸ばすか」
「どうやって才能を見つけるか」

という、

「未来への投資」

で一杯だったから、

日々の小さな愚痴を聞くよりも
何かためになることを教える方が
親の役割だと思っていたんです。

でも、

ソフィアの様子がおかしい。

ある夜、

寝る前にじっくりと
話を聞いてみることにしました。

「ねえ、ソフィア。
幼稚園で、誰と遊んだの?
仲良しのニコールとは遊べた?」

最初は、

「うん、遊んだ」

と言葉少なでした。

でも、

僕が諦めずに、

「男の子が嫌いって言ってたけど、
何かされたの?」

と、具体的に聞いてみたんです。

すると、

彼女の小さな口から
ずっと言えなかった言葉が
溢れてきました。

「エリックがね、叩いてくるの…」
「痛いって言っても、やめてくれないの…」
「ロシア語がうまく言えなくて
誰も遊んでくれない時があるの…」



僕は、自分の愚かさを
殴りたくなりました。

エリック君に
悪気はなかったと思います。

たぶん男の子特有の、

「好きな子へのからかい」

だったのかもしれません。

でも、

感受性が強いソフィアにとって
それは「からかい」ではなく、

「恐怖」であり「暴力」

だったんだと思います。

そして何より、

長期間の日本滞在による環境の変化で、

ロシア語でのコミュニケーションに
自信をなくして孤独を感じていたこと。

彼女は、

そんな不安と痛みを
小さな胸の中にずっと
溜め込んでいたんです。

親である僕が、

「未来のために」と
英語やスキルを教え込んでいる
その横で彼女は、

「今の心の傷」

に一人で耐えていた。

もし、

このまま僕が気づかずに
放置していたら
どうなっていたでしょう?

もしかしたら、

「人は怖い」
「男の子は敵だ」
「私は何を言ってもわかってもらえない」

そんな、

「トラウマ」

が、彼女の心に深く
刻み込まれてしまったかもしれない。

もしそうなってしまったら?

いくら英語がペラペラでも
いくら高いスキルを持っていても、

全て無意味です。

だって、

人と関わるのが怖くて
外に出られなくなってしまったら、

そのスキルを使う場所なんて
どこにもないからです。

どんなに立派な家を建てても
土台が腐っていたら
いつか必ず崩れ落ちます。

子育てにおける「土台」とは
スキルでも学歴でもなく、

「私は愛されている」
「家は安全な場所だ」
「パパとママは、絶対に私を守ってくれる」

という
絶対的な、

「安心感」

だったんです。

ちなみに
この一件の後、

僕らはすぐに幼稚園の先生や
エリックの親御さんに相談し、

エリックが悪気はなく
ただ遊びたかっただけだと分かり
トラブルはすぐに解決しました。

数ヶ月経った今では、

ソフィアのロシア語能力も
すっかり元に戻り
友達と楽しく遊んでいます。

ただ、

そもそもソフィアは
集団行動があまり好きではない
という新たな事実も判明しました。

かといって、

ずっと家に置いておくわけにはいきません。

ですが、

無理に合わせる必要もないと判断し
今は週の半分はお昼までで
帰宅するスタイルに変えています。

 

結論:寝る前の5分間が最も大切な「子育て時間」

Amazonのエンジニアが怯える時代。

AIが仕事を奪う時代。

確かに、

これからは厳しい時代になるでしょう。

スキルも必要です。

語学も武器になります。

でも、

親が焦って未来ばかりを見て
子供の「今」を犠牲にしては
本末転倒です。

今回の件があってから
僕は決めました。

どんなに忙しくても
寝る前の時間だけは、

子供の心の声を深く聴くこと

に集中すると。

「今日はどうだった?」
「ニコールとは何をして遊んだの?」
「アミールは今日来てた?」
「エリックとは、何かあった?」

具体的な名前を出して
記憶の蓋を優しく開けてあげる。

そして、

もし嫌なことがあったなら、

「それは辛かったね」
「痛かったね」

と、全力で共感する。

そして、

「パパとママが絶対に守るから大丈夫だよ」

と伝える。

その日についた「心の傷」を
その日のうちに癒やしてあげる。

この、

「日々の地道なコミュニケーション」

こそが、

実はどんな英才教育よりも勝る
最強の人生の土台なのだと
今は確信しています。

子供が、

「外でどんなに嫌なことがあっても
家に帰ればパパとママが聞いてくれる。
リセットできる」

と思えること。

その安心感さえあれば
子供は何度でも外の世界に挑戦できるし、

いつか自分の
好きなことを見つけて
勝手に没頭し始めるはずですから。

時代の流れは早い。

そんな時代の早さを
肌で感じる僕たち大人は
新しい技術やスキルに目を奪われがちです。

でも、

こんな時代だからこそ。

今夜は皆さんも、

隣で寝息を立てている子供の
「今日」の話にもう一度
耳を傾けてはいかがでしょうか?

僕も今日は、

「ソフィア、今日は誰と遊んだ?」

から始めようと思います。

それでは、また。

 

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