最近、娘たちが僕がこれまで作ってきた
昔のYoutube映像をよく見てるんですよ。
なぜかはよくわかりません。
ですが、
「パパ。モスクワへ一緒に行ったときの
映像見せて〜」
「ドバイへ行ったときの映像!」
って感じで見たがるんです。
僕も一緒にいろいろな映像を見ました。
長女ソフィアは、
「このときはソフィアはまだ
赤ちゃんみたいだね。」
とか、
「こんなところ行ったっけ〜。」
とか。
次女アマヤは特に
何も言ってませんでしたが
さすがに覚えてないでしょうね。
ちなみに現在、
長女ソフィアは6歳
次女アマヤは3歳。
二人ともまだ小さいですが映像で見てた
2〜3年前のことが遥か昔
十年以上前のことかのように感じました。
その中で一番印象的だった
僕の当時の記憶がクリアに蘇った
ひとつの映像がありました。
3年前の動画のタイトル「最後に、ソフィアとパパ、2人だけの思い出を記録」
アマヤが生まれる直前の
1ヶ月間くらいだったかな?
妻が出産準備のために
田舎から都会の病院へ入院しました。
そのため、
その間、僕はソフィアと二人で
過ごしました。
保育園の送り迎えをし
保育園が終わったら公園めぐり
隣町のカフェにもよく行きました。
とにかく狂ったように
毎日どこかへ。
ちなみに、
2025年、今年の1月からソフィアを
日本の幼稚園へ通わせたので
約4ヶ月間2人で過ごしました。
実家ですが。
半年近く日本にいましたが
最後はアマヤを連れてきたので
2人で過ごしたのは実質4ヶ月。
昼過ぎに幼稚園が終わった後は
ほぼ毎日、
・公園
・モール
・プール
・有料のキッズエリア
このルーティーンって感じ
だったんですがよく考えたら、
「そう言えばあの頃ロシアでも
2人で毎日どこか行ってたな〜。」
こんなことを思いながら
娘たちと一緒に約3年前の
Youtubeの映像を見返していました。
それにしても改めて
Youtubeをやってて本当に
良かったなって思いました。
というのも、
今回の映像は
ちゃんと編集してあったから
見返したんだと思います。
ただ単に録画して
オンラインに保存してあったとしても
恐らく見返すことはなかったかと。
Youtubeに映像をアップロードする。
「=視聴者さんにとって
見やすい映像を作らないといけない。」
って心理が働くので
ちゃんとまとめるわけです。
編集してあるので単調な映像ではなく
シーンシーンが切り替わり。
気がついたらソフィア、アマヤは隣で寝てて
僕は一人でぼーっと当時のことを考えながら
映像に見入っていました。
当時の切ない気持ちが「鮮明」に蘇る
当時僕がよく聞いていた曲があります。
ミスチルの「永遠」っていう
Netflix「桜のような僕の恋人」
この映画の主題歌でした。
元々は小説を映画化したんですが
どんなストーリーか
簡潔に書くと、
・美咲は急速に老化が進行する難病「ファストフォワード症候群」を発症する。病状は進行し、外見が大きく変わってしまう。
・美咲は、老いた姿を晴人に見せたくない、そして彼の夢の妨げになりたくないという想いから、別れを告げず姿を消す。その後、病状の進行により若くしてこの世を去る。
・晴人は、写真展開催後、すれ違った老いた女性が美咲本人であることに気づかない。美咲の死後、遺された品と日記から真実を知り、彼女の深い愛情と孤独な決断を悟る。
・晴人は、美咲が自らの人生を「桜のように一瞬で散る美しい輝き」と表現した想いを受け継ぎ、彼女との愛を永遠の記憶として胸に刻み、プロの写真家として生きることを決意する。
ちなみに、
この作品は、脚本家である
宇山佳佑さんが書いた
恋愛小説が原作のフィクションで
実話では無いです。
でもこの主題歌である
ミスチルが歌う「永遠」の歌詞が
当時の僕の心にすごく響きました。
一部引用して当時の気持ちを
添えて書きます。
見せてあげたかった。
静かに眠ってる横顔も綺麗だ。」
本来は恋人同士のことなのですが
僕の場合は娘のソフィアに対して。
「あ〜次女アマヤが生まれたので
今まで通り保育園終わってから
ソフィアと一緒に公園とかカフェとか
行けなくなるだろうな。
子供二人になるわけだから
愛情100%注いであげることは
もう不可能なんだな。」
って。
正直に言うと、
かなり複雑な気持ちだった
そんなことを思い出しました。
そのレンズの先には
必死に何かを僕に伝えようとしている
あの日の君が見える。
一瞬でさえも逃したくなくて
夢中で追いかけるよ。
今はもうここにはいない君の笑顔。」
「僕しか知らない愛おしい仕草を
この胸に焼き付けるよ」
僕のYoutube動画のタイトル、
「最後に、ソフィアとパパ
2人だけの思い出を記録」
もうこのままなんですが
がむしゃらにレンズに
そして心に…
とにかく焼き付けようと
必死だったことを
今でも鮮明に覚えています。
僕らの場合は誰かが
亡くなるわけじゃないですが、
「楽しかった記憶」
になりつつある
2人の時間とはお別れか
すごく淋しいな。
・・・
車窓には、彼と娘ソフィアが共に過ごした、イチゴ摘みやピクニックといった幸福な過去がフラッシュバックする。しかし、車内に流れるMr.Childrenの「永遠」のメロディは、その記憶が、まもなく「二人だけの時間」ではなくなることを切なく告げていた。
誰かが命を失うわけではない。だが、確実に失われていく一瞬一瞬への彼の深い愛情と、親として抗うことのできない時の流れ。
その複雑な感情の全てを、「永遠」の歌声は静かに、そして深く、彼の心に刻み続けていた。
3歳の娘を見ていて「人ってこうやって傷ついて成長していくのか」と学んだ
2022年6月
次女アマヤが生まれました。
僕はキーロフの病院まで
迎えに行きました。
距離は400km程度
車で片道約5時間。
そして、
妻と一緒にアマヤを連れて
ソフィアの元へ戻りました。
その時のソフィアの複雑そうな顔。
「もう今までみたいにパパ、ママに
甘えることができなくなるんだな。」
と悟っているよう。
そんななんとも言えない
表情をしながら目に涙を浮かべ…
別のYoutubeの映像にも残ってますが
今でもあの表情は忘れられません。
それからソフィアは
指しゃぶりがひどくなったり
言うことをきかなくなったり。
明らかに一般的に言う、
「赤ちゃん返り」
状態でした。
親の関心が新しく生まれた
赤ちゃんに集中した結果
上の子が、
「自分も赤ちゃんのように甘えれば
親の注目を取り戻せるのではないか。」
って思い、赤ちゃんのような
幼い行動を再び取る現象らしいです。
反抗期みたいな不安定な感じ。
ちなみに、
それまでは一生懸命
毎晩日本語の絵本を
読み聞かせてたのが、
「日本語の本はイヤ!
しゃべりたくない!」
ってせっかく少しずつ
覚え始めた日本語でしたが
この時期を境に残念ながらストップ…
大人だって同じです。
大きなショックを受けると
それまで大切にしていた習慣が
プツリと途切れて
そのまま忘れ去ってしまう。
で、時間が経ち
何もなかったことになる。
自分の子供をそばで見て
人の人生の縮図を見た気がしました。
挫折、苦労…
人生は楽しいことばかりじゃない。
辛いことも、本当に多い。
でも、と僕は思うのです。
人は傷つき、その痛みを自ら克服することで、
それまでよりも遥かに逞しく、強く
生きられるようになるのだ、と。
過去の痛みが、未来を照らす優しさになる。
なぜ、あの日の記憶が
これほど鮮明に蘇るのか。
娘たちと見返した
古いYouTubeの映像。
ロシアの草原を走る車内で
リピートしたミスチルの「永遠」。
それは、
次女アマヤの誕生を前に、
「ソフィアとパパ、二人だけの時間」
という取り戻せない過去に
必死でシャッターを切っていた自分の姿。
あの時の胸を締め付けるような、
「切なさ」
は、やがて、
「楽しかった記憶」
へと変わっていく
愛おしい時間への
お別れの儀式でした。
僕らは、生きるために必死です。
仕事に追われ、インフレや増税という
過酷な現実に直面し…
常に家族の幸せだけを考えていられるほど
この世界は平和ではありません。
ですが、そんな日々の中で。
どんなに仕事が忙しくても。
どんなに体調が優れなくても。
どんなに精神的に追い詰められても。
「人に対して、優しくありたい」
そう願う時、心の引き出しから蘇るのは
いつだってあの日の記憶です。
アマヤが生まれ、病院から戻った日。
目に涙を浮かべ、
「もうパパとママを独占できない」
と悟ったような
当時3歳のソフィアの複雑な表情。
指しゃぶりや「日本語イヤ!」
という拒絶で見せた赤ちゃん返り。
それは、
人がどうやって傷つき
どうやってその痛みを乗り越えて成長していくのか
という、小さな身体で示した「人生の縮図」でした。
年に一度でいい。
数年に一度でもいい。
こうやって少し前のこと
ずっと前のことを振り返り
一瞬だけ、あの日の感情にタイムスリップする。
そうすることで初めて
私たちは日々の雑音から解放され、
「ほんとうの意味で、子どもたちの幸せとは何か」
を考えながら生きられるのではないでしょうか。
僕らは、子供から本当に
多くのことを学んでいます。
ソフィア、
あの時の痛みを乗り越えてくれて
ありがとう。
君が教えてくれた強さを
パパは一生忘れない。
これからも家族みんなで
「旅」を続けよう。
この儚くも美しい一瞬一瞬を
この心に深く刻みながら。
もちろんアマヤも、一緒に。
