森翔吾です。
窓の外はマイナス20度。
ここロシアのカザンでは、
今年は例年にない大雪が
続いています。
夜通し除雪しても、
朝起きたらまた積もっている。
きれいにしても、
きれいにしても、
終わらない。
深夜に目が覚めて、
天井を見つめていました。
「今、自分はどこにいるんだろう」
現在、
僕はYouTubeの世界を離れて
文章を書いています。
周りから見たら
意味不明かもしれません。
うまくいっていた場所を離れて、
わざわざゼロからやり直している。
なぜそんなことをしているのか。
少し話をさせてください。
映像に疲れた人が、文章に戻り始めている
ここ数年、
アメリカでは
ちょっとした変化が起きています。
映像をやめて
文章ベースの発信に移る人が
増えている。
YouTubeやTikTokで
顔を出して発信していた人たちが、
「もう映像はいい」
と言って、
ニュースレターや
テキストベースの発信に
切り替えています。
僕自身はこの流れを
意識していたわけじゃありません。
完全にたまたまなんですが、
自分が感じていたこと、
「映像じゃなくて
文章で発信したいな」
という感覚。
それと同じことが
アメリカですでに起こっていた。
後から知って、
ちょっと驚きました。
しかもアメリカって、
日本の数年先を
走っていますよね。
アメリカで起きていることは、
いずれ日本でも起きる。
自分の直感と
同じ方向の流れが
すでに始まっていた。
これは
ちょっと心強かったです。
ただ、同じことが日本で起こるかというと——
正直に言うと、
同じようなブームが
日本に来るとは
思っていません。
なぜかというと、
過去にアメリカから
日本にやってきたトレンドを
並べてみると、
あるパターンが見えてくるんです。
アメリカから日本に来て
定着したもの。
・SNS
・Netflix
・TikTok
・YouTubeショート
全部、
「ぼーっとしていても
流れてくるもの」です。
開いたら勝手に始まる。
アルゴリズムが選んでくれる。
受動的に消費できる。
逆に、
アメリカでは流行ったのに
日本では定着しなかったもの。
・Uber(ライドシェア)
・eBay
そして、
・Substack
(個人の文章に課金するサービス)
共通しているのは、
「自分から動かないと
始まらないもの」。
能動的な行動変容が
必要なものは、
日本ではなかなか広がらない。
文章を読む、
しかも有料で読む、
というのは
かなり能動的な行為です。
自分で検索して、
自分で読んで、
自分でお金を払う。
「アメリカで文章ブームが来たから
日本でも来る」
とは、
僕は思っていません。
でも、映像疲れは確実に起きている
文章ブームは来ないかもしれない。
でも、
映像に疲れている人は
確実に増えています。
アメリカでは、
過去6ヶ月の間に
意図的にスクリーンタイムを
減らした人が43%
というデータがあります。
日本でも、
「SNSやネットの情報を見て
疲れることがある」
と回答する若者が増えている。
ブームにはならなくても、
「ぼーっと映像を
流し続けることに
意味を感じなくなった人」
はじわじわ増えていく。
その人たちが
次に何を求めるかは
わかりません。
本かもしれないし、
音声かもしれないし、
ただ散歩するだけ
かもしれない。
でも、
少なくとも
「自分の頭で考えたい」
「意味のあるものに
時間を使いたい」
という方向には動く。
僕がやっていることは、
その受け皿を先に作っている
ということだと思っています。
映像から離れた先で
何を見つけたのか。
その話は、
この記事の最後に少しだけ
書いています。
でもそれだけじゃありません。
昨年、本を出版したんです。
その経験が、
文章を書くこと自体を
面白くしてくれました。
朝起きて、
考えて、
書いて、
届ける。
作家みたいな生活。
カメラもいらない。
撮影機材もいらない。
必要なのはパソコンと、
何より自分の脳みそ。
頭をフル回転させて、
出てくるのは文章だけ。
純粋に、
自分の力だけで勝負する世界。
これはね、
僕にとっては
一番憧れる仕事だなと
思いました。
想像してみて、
本当にそう感じたんです。
そういう生き方に
純粋に憧れました。
これが正直な動機です。
文章の有料メンバーだけで食っていくのに、平均2年
ただ、
調べれば調べるほど、
現実が見えてきました。
さっき、
アメリカで映像から文章への
回帰が起きているという話を
しました。
じゃあ、
その人たちは
どうやって食べているのか。
ビジネスモデルとしては、
昔ながらの
メールマガジンに近い形です。
現代版で言えば、
有料のニュースレターだったり、
メンバーシップだったり。
結局やっていることは同じで、
文章ベースのコンテンツを
定期的に届けて、
月額で課金してもらう。
そのモデルで
食っていけるかどうか。
アメリカの事例やデータを
ひたすら調べました。
結論から言うと、
文章の有料メンバーシップで
食っていくのは、
映像と比べてはるかに大変です。
有料のニュースレターは、
月数ドルの場合でも
メンバー100人にすら
到達しないケースが大半です。
数十人の有料メンバーを集めるのにすら
苦戦している人が山ほどいます。
さらに驚いたのが、
YouTubeなど映像で何十万人、
何百万人のフォロワーがいた人ですら、
文章に切り替えた途端に
苦戦しているということ。
これはなぜかというと、
映像と文章では
そもそもターゲットが違うんですよね。
YouTubeの視聴者は
基本的に受動的です。
アルゴリズムに流されて、
おすすめに出てきた動画を
なんとなく見る。
一方で、
文章を読む人は能動的です。
自分からGoogle検索したり、
自分から情報を
求めてやってくる。
受動的な視聴者と、
能動的な読者。
ここが根本的に違う。
だから、
YouTubeで何十万人の
登録者がいたとしても、
その人たちがそのまま文章の
有料メンバーになるかというと、
ならない。
みんなことごとく
苦戦しています。
そういう事実が
たくさん見つかりました。
一般的に、
有料メンバーだけで
生活できるレベルに到達するには、
平均で2年はかかる。
4年やっても
生活費に届かなかった事例や、
月収3万円台で
停滞してしまう人もいます。
しかも僕の場合、
1記事にかかる時間は
5〜6時間かけてます。
歩きながら考えて、
喋って、
構成を練り直して、
書いて、
修正して、
また修正して。
AIの時代に
30分で記事が作れると
言われている中で、
5〜6時間。
時代に逆行しているのは
わかっています。
でも、
この時間をかけないと
出てこないものがある。
それが何なのかは
うまく言えないけれど、
読んでくれている人には
たぶん伝わっている。
仮にYouTubeの場合、
僕はやったことはありませんが、
映像系のメンバーシップだったら
こうはなりません。
映像は距離が近い。
顔が見える。
声が聞こえる。
だから、
既存の登録者を
メンバーシップに移行させやすい。
文章は、
ゼロから信頼を
積み直す必要があります。
もし、
僕がYouTubeを続けて
メンバーシップをやっていたら、
文章よりももっと楽に
食っていけるレベルに
到達できたでしょう。
ただね。
それはわかっています。
楽な道は見えていた。でも選ばなかった
YouTubeを続ける方が
楽なのはわかっていました。
19万人の登録者がいる。
動画を出せば見てもらえる。
さらに、
YouTube疲れを感じたら
クローズドな場で発信できる
メンバーシップを
やってみるのもあり。
でも、
正直に言うと、
映像はあまり
自分に合っていないなと
感じていました。
もう少し言うと、
僕が本当に書きたいことは
映像では出せません。
たとえば、
不安や弱さの話。
お金の話。
過去の失敗の話。
これをYouTubeで話したら
どうなるか。
エンタメ的な
「不幸話」として消費されるか、
批判されるか、
馬鹿にされて終わる。
YouTubeのコメント欄を
知っている人なら
わかると思います。
深い話をしても、
表面だけすくい取られて
叩かれる。
映像は距離が近い分、
反射的な反応が返ってくる。
でも文章は違います。
文章を読む人は
わざわざ自分から
読みに来ている。
流れてきたから
なんとなく見る、
という人がいない。
だから、
シリアスな話でも、
深すぎる話でも、
受け入れてくれる人が
圧倒的に多い。
これは映像ではほぼ不可能で、
文章だからできることです。
それに加えて、
いろいろ先を見据えて
行動している部分もあります。
ただ、
オープンな場所では
正直に書けない部分があるので、
ここでは控えます。
あえて難しい方を選びました。
わかった上で、選びました。
19万人いても、文章は静かだった
YouTubeの登録者はそれなりにいるから、
もう少しスムーズに
いくかなと思っていました。
でも、
先ほども言った通り、
映像を見る人と
文章を読む人は
全然違います。
かなり静かなスタートで、
正直、苦戦しています。
楽じゃないです。
でも、
調べれば調べるほど
「それが当たり前」
だということがわかりました。
文章の世界は
そもそもそういうペースなんだ、と。
最近ようやく
当たり前なんだと
受け入れることができました。
「YouTubeで言えばいいのに」
つい先日、
メンバーの方から
こんなメッセージをもらいました。
「でも森さんは、YouTubeで
“ブログに挑戦してます”
って言ってませんよね?
言えば結構な数がブログに流れて、
メンバーになるんじゃないですか?」
正直、
僕もなんでYouTubeで
宣伝しないのか、
自分でもよくわかりません。
確かに、
メンバーの方の言う通りだと
思う部分はあります。
でも、
なんというか、
それをやったら
「違う」気がするんですよね。
YouTubeで、
「ブログ始めました、
メンバーになってください」
って言えば、
たしかに何千人かは
流れてくるかもしれない。
でもそれって、
「映像の森翔吾」を見に来た人を
そのまま文章に
引っ張ってきただけで、
「文章の森翔吾」を
読みたくて来た人じゃない。
僕としては、
なんとなく来てくれた人よりも、
共感して、
納得して、
「この人の文章が読みたい」
と思って来てくれた人を
大事にしたいんです。
最初のコアメンバーに限っては
特にそう思っています。
コミュニティって、
最初の数十人が
その場の空気を決めるんですよね。
どんなコミュニティでも、
最初のメンバーが
世界観を作ると言われています。
YouTubeから
なんとなく流れてきた人が
最初の空気を作るのと、
文章を読んで
共感して来てくれた人が
最初の空気を作るのとでは、
まったく違う場所になる。
だから、
時間がかかっても
文章で見つけてもらう方を
選んでいます。
遠回りだとは思います。
でも、
たぶんこっちが正解です。
サラリーマンを辞めて起業、YouTubeにチャレンジ、そして文章。3回目のゼロ
ただ、
こういう「耐えること」には
慣れていると言えば
慣れています。
何かに挑戦するときの、
この「先が見えない感覚」。
これが3回目です。
1回目は、
29歳でサラリーマンを辞めたあと
起業しました。
安定した給料がゼロになって、
何もかも自分で
やらなければならなくなりました。
騙されたこともあった。
かなりの借金も背負いました。
そこから
ビジネスを軌道に乗せて、
コンサルもやるようになりました。
2回目は、YouTube。
それまでの物販、コンサルを
全て止めてのチャレンジ。
映像なんて撮ったことも
編集したこともなかった。
ゼロから始めて、
19万人まで伸ばしました。
そして今、3回目。
文章の世界。
僕自身の2回の
チャレンジ経験から言えること。
それは、
毎回、最初は何も見えない。
反応もない。
「これ、大丈夫か?」
という不安がある。
でも毎回、気づいたら
そこにいました。
この感覚はもう知っています。
慣れている、
と言えば慣れている。
だけど——。
あなたの「何回目」は何ですか?
あなたにも、
何かに挑戦して
「最初の静けさ」に
耐えた経験はありませんか?
転職、独立、副業。
英語や資格の勉強。
ブログやSNSでの発信。
新しいスキル。
最初は必ず静かで、
不安で、先が見えない。
僕は3回目の
挑戦の真っ最中にいます。
大変ですけど、
自分で選んだ道ですから。
だからといって、
映像を完全にやめたわけでは
ありません。
いずれ映像の世界にも
戻ると思います。
ただ、
戻り方が
前とは違うものになる。
文章を先に読んで、
僕の考え方や
生き方に共感してくれた人が、
映像を見てくれる。
これと、
YouTubeでたまたま
おすすめに出てきた動画を
なんとなく見る人。
同じ映像でも、
見る側の温度がまったく違います。
文章で深い部分を
先に知っている人が見れば、
映像の中の表情や声のトーンに
意味が生まれる。
「あの記事で書いていた
不安って、
こういう顔をしていたんだ」
「文章では淡々と書いてたけど、
声で聞くと
ちょっと震えてるんだな」
そういう受け取り方を
してもらえる。
映像を作る意味が
変わるんです。
再生数のための映像じゃなくて、
すでに共感してくれている人に
さらに深く届けるための映像。
その順番を、
今つくっています。
—
「慣れている」と書きました。
でも本当は——。
3回目でも変わらない
「あの感覚」の話と、
YouTubeを離れた
本当の理由を
メンバー限定で書いています。
表では書けなかった部分を離れる
全て。
